04
洞窟の中は暗く、思ったよりも広かった。
そして乾いている。
所々にぼくの身長ほどもある岩が転がってる他に、あまり障害はなかった。
ちらりと後方を伺う。
暗闇が広がっており、アスの姿は見えない。
だが、少し離れた後方をついてきているはずだった。
普段の狩りでも、ドラゴンはアスの侵入に気づくらしい。
ならば、ぼくの侵入もすぐに露見するだろう。
ぼくの身のこなしは、アスにはとても及ばない。
だけど、ぼくには一つだけ、アスよりも長けていることがある。
洞窟の奥へと行くほどに、魔力が濃くなり、息苦しさすら覚える。
だけど、これがほくにとっては警報だ。
この魔力に変化があったときが、ドラゴンが現れるときに違いない。
そう考えたそのタイミングで、洞窟の中を満たしていた魔力が動く。
最初に届いたのは、咆哮だった。
それから、地鳴りのような音が連続し、洞窟全体が崩れるかと思えるほどの振動が響き渡る。
ぼくは身を固くする。
周囲の壁が崩れたりしないものか。松明を壁や天井へと向け、安全を確認する。
――前方から目を離したのは、そのわずかな間だけだった。
再び目を戻そうとしたとき、ぼくが感じたのは『熱さ』だった。
……この世界には、こんな生物がいるのか。
洞窟の奥、松明の照らす先に現れたのは、赤い鱗に身を包んだ生物――ドラゴンだった。
魔力をまとって素早く動く長い首。
その吐く息がまとっている魔力は、ぼくには物理的な熱にすら感じられる。
5メートルはある洞窟の天井にまで届くほどの巨体。
その赤く光る瞳が向けられているのは、ぼくだ。
アスは本当にこんな化物と戦っているのか?
この報酬がパンだって?
頭の中でそんな問いかけをしながら、ぼくは踵を返しかけ、足を止める。
ただ、逃げるわけにはいかない。
アスの姿をドラゴンに視認させないことが必要だ。
……ぼくは魔力を展開する。
重要なのは、アスの位置だ。それが分かれば。
その方向にさえ逃げなければ、アスは身を隠したまま、ドラゴンに接近できる。
イメージは『ソナー』だ。
魔力に波を起こし、反射でアスの位置を探る。
弱いぼくの魔力だけじゃ不可能だ。
だけどいま、この洞窟はドラゴンの魔力に満ちている。
それは障害でもある。前方にいるドラゴンが発する魔力が、魔力の波を乱すだろう。
でも、やらなきゃやられるだけだ。
ぼく自身の魔力を使い、洞窟に満ちる魔力に波を起こす。
探すのはただ一つ。
アスには魔力がない。洞窟の中にある他のどの物質とも、返ってくる波は違うはずだ。
ドラゴンがぼくへ向けて歩みを進める。
振動が、そして近寄るドラゴン自身の魔力が、ぼくの感覚を乱す。
――でも、見つけた。
ドラゴンが大口を開ける。
その口の中に、巨大な魔力の反応。ぼくは後方へと走りだす。
「ほら、狙ってみろよ!」
そうして、後方の壁際に並ぶ岩にぼくは身を隠す。
いくつかある似たような岩のどれかの影に、アスは隠れていると思っていた。
だが、ぼくの考えは外れていた。
閃光。
暗いはずの洞窟が、日中のように照らされる。
激しい魔力を伴う熱が、ぼくの隠れた岩の向こうで炸裂する。
炎のブレス。
隠れていてもなお、焼け付くような熱さが届く。
松明を守らなきゃ。
ぼくは熱と魔力が起こす風から、身を呈して松明を守る。
肺にも熱さが入り込んでくる。
意識が飛びそうだ、そう恐れを感じたそのとき、やっとのとこでブレスの熱が消え去る。
洞窟が暗さを取り戻した後に、ぼくは頭上へと目を向けた。
ドラゴンが長い首をもたげ、ぼくを覗き込んでいた。
その赤い瞳と目が合う。
「……見つけた、と、そう思ったか?」
ニッと笑ったぼくが語りかけると、その瞳がわずかに反応する。
「違う。お前は、見つけていないんだ」
天井近くの暗がりから、カツっとわずかに音がする。
そして天井から、いくつかの小石が降ってくる。
ドラゴンが上を見上げる間もなく、頭上から降ってきたアスが、その喉笛へと古びた剣を突き刺す。
そう、アスは天井に張り付いていた。
古びた剣を壁に差し込み、その上で様子をうかがっていたのだ。
ドラゴンの反応は素早かった。首を振り、抵抗を試みる。
だが、アスはすでに喉の半分を切り裂いて剣を自由にし、ぼくの隣へと立っている。
「上出来だよ、ジン。あのブレスが一番厄介だった」
「死ぬかと思った」
「そう言う余裕のあるやつは、死なないんだ」
松明の光の中に立つドラゴンの首は、すでに致命傷を負っているように見える。
しかし戦意は衰えていなかった。
鋭い爪を持つ前足をぼくらへと向ける。
「終わりだよ」
その動きは決して、速すぎる、という印象を与えるものではなかった。
ただ手際良く獲物を仕留める――そんな何気ない、ムダのない動き。
だが実際には、信じられないほど素早く、アスはドラゴンの懐へと潜り込んでいた。
その剣は、すでにドラゴンの胸に奥深く突き刺っている。
最後に、ビクリ、とドラゴンの体が震える。
それだけだった。
その動きを最後に、ドラゴンの体は力なく地面へと横たわる。
「……終わったんだよね?」
剣をドラゴンの体から抜いたアスへ、ぼくはたずねた。
アスはうなずく。
だが、その表情はどこか冴えない。
「そう、戦いは。だけど、問題はここからなんだ」
松明の作る光と影の中で、ぼくはアスの渋い表情を見つめた。
「……問題?」
ドラゴンの体から、魔力が漏れ出しているのに気づいたのは、そう問いかけた時のことだった。




