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「ヴァレンティン、まだか。魔獣の様子がおかしい」
『ヘッドセット』を通じて、アスの声が届く。
魔力で形作られた正六角形は、洞窟の最奥部へとヴァレンティンの意思によって集められている最中だった。
すでに八割方が、魔獣を中央に据えた壺の形に再構成されていた。
だがまだその作業は完了していない。
アスの声が続く。
「繭の内部で動いている。周囲の様子を伺っているように、私には見える」
「ヴァレンティン、残りは?」
「あと十秒――いや、五秒くれ。それで間に合わせる」
「ぼくがカウントする。合わせよう」
五、四、三――わずかな秒数のはずのそのカウントの最中、突如として蛾の魔獣のいる位置から、マクグレイヴ家の魔力が消え去る。
そしてぼくは目視をする――ヴァレンティンが形作る魔力の壺の中心から、狭苦しそうに外へと飛び出した、蛾の魔獣の二対の羽を。
あの位置は、まずい。
飛び出た羽の位置で蓋をするように防壁を展開されたのなら、圧縮の威力は乗せられない。
「ゼロで撃てる! だが、魔獣が出て来てるぞ!」
続くマックスの声に、カウントを止めかけたそのとき、アスの低い声が耳に届く。
「ジン、あと五秒追加してくれ――私が押し込む」
アスが跳び、壺の中心にいる蛾の魔獣へと、剣の切っ先を下に向けて体重を預ける。
蛾の魔獣の防壁にその切っ先が防がれる。
――だが、防壁そのものの上に降り立ったアスが再度、剣を蛾の魔獣へと突き立てるように押し込む。
わずかに剣は沈み込むが、防壁の突破までは至らない。
「ジン!」
マックスの呼びかけが届く。
だが、ぼくはカウントはやめない。アスはきっと、どうにかする。
残り――三カウント。
普段よりも冷静なくらいの、冷たく透き通ったアスの声が届く。
「ならば――」
アスは魔法防壁に突き刺さった剣を引き抜くと、そのまま真上へと跳ぶ。
その跳躍が頂点に達したその刹那、アスは手にした剣を振りかぶる。
「――この剣、くれてやる」
そう口にして、アスが叩きつけるように振り出して投げつけた剣が、垂直方向へと弾丸のような速度で放たれる。
剣閃が空間に閃いたその瞬間、剣の切っ先はすでに防壁を突破し、蛾の魔獣の羽の根元へと突き刺さっていた。
落下したアスが、剣の柄頭へと降り立ち、その勢いが魔獣の身体を壺の中へ落とし込む。
壺の底へと身体を叩きつけられ、脱出を諦めた蛾の魔獣が、再度、羽で自らを覆いはじめる。
そのときが、ぼくが最後のカウントを告げる瞬間だった。
「撃て、マックス」
穏やかにそう呼びかけたアスが、柄頭を蹴り出したが見えたのと、マックスの魔法が放たれたのはほぼ同時だった。
白い閃光が放たれる。
ヴァレンティンの魔力に形作られた壺へと、その光は吸い込まれるように飛び込み、炸裂する――そして壺の出口は、いつの間にかヴァレンティンの魔力で蓋をされていた。
小さな正六角形が折り重なった透明な魔法の壺の中で、逃げ場を失ったマックスの魔力が眩く輝き、白い光が密度を増す。
薄暗い洞窟の内部が昼間のように照らされ、次いでぼくの視界は眩しさに塞がれる。
ほとんど失われた身体感覚と共に、ぼくは目を閉じる。
瞼を閉じてさえ感じる眩しさの中で、ぼくはアスへと呼びかける。
「……無事なんだろう、アス?」
「もちろんだ、ジン」
その会話の後、ぼくは意識を魔力探知へと集中させる。
空中を貫いて走ったマックスの魔力の量はあまりにも濃い。
その魔力と、壺状に展開したヴァレンティンの魔法のさらに奥――そこに残っているかもしれない魔獣の存在へと、意識を伸ばす。
……だが、今は何も感じられない。
やがて瞼の向こうに暗さが戻ってきたとき、ぼくは目を開く。
マックスが疲労した様子で隣に座り込んでいた。ぼくと目が合うと、微笑んで親指を立ててみせる。
「念のため、魔法は解除していない。だが、もういいだろう? ジン、アス」
ヴァレンティンがそう呼びかけてくる。ぼくがうなずくより先に、アスの返答が届く。
「確認した。ヴァレンティンの魔法の中に残ってるのは、白い羽の切れ端が一片――だがそれも今、灰になって崩れた」
アスはすでにヴァレンティンが作った魔法の壺の傍らに立っていた。
中を覗き込むような姿勢から、こちらへ目を向けると、大きく首を横に振ってみせる。
「私の剣も、どうやら消し炭だ」
視線に気づいたヴァレンティンとぼくは、お互いに笑い合う。
「ヴァレンティン、魔法の解除を」
ヴァレンティンがうなずき、彼の魔力が消え去る。
「――ぼくらの勝ちだ」
『ヘッドセット』を解除する直前にそう伝えると、戦いの中で全身にこもっていた力が、急に抜けた。
その脱力に身を預けるように、ぼくは洞窟の地面へと背中からゆっくりと倒れ込んだ。




