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「ジン、マックス。援護してくれ」
そうとだけ告げると、躊躇する間もなく、アスは揺れる繭の縦に走った亀裂へと踊りかかる。
そのアスに応じるように、繭から黒く鋭い突起が伸びる。
槍のように高速で突き出され、時に鞭のように払われてアスを襲う。
その突起をアスは剣で捌きつつ、繭の内部へ切っ先を差し込もうとする。
だが、繭を形作るしなやかな糸の抵抗を受けるうちに、相手の攻撃が伸びてきて、防御のために剣を振るうことになる。
あの繭、思ったよりも厄介だな。
魔獣の防護壁として機能している上に、相手の攻撃を読ませない死角にもなっている。
「アス。その繭、ない方がいいよね?」
「ああ。隙を見て、斬り落とすつもりだ」
「そのままアスさんが足止めしててくれるんなら、俺の魔法で吹き飛ばすぜ」
まさにそう提案しようとしたタイミングで、そう口にしたマックスは、すでに開いた手を魔獣の方へ向けている。
ヴァレンティンが応じたのは、ぼくがその提案に乗ろうとする直前だった。
「待て、マクシミリアン。洞窟の崩落だけは気をつけろよ」
狙いを魔獣に定めたまま、マックスが首を傾けてみせる。
「もう見ただろ、ヴァル兄。俺は、昔のままの俺じゃないんだぜ」
「それはわかってる。実際、別に崩落したところで構わん。……そうなったとしても、わたしはあくまで止めたんだと、アルドリック様に言いたかっただけだ。お元気になられたら、気にするだろうからな」
マックスとヴァレンティンが、無言で目をかわす。
アスとの戦いをはじめて以降、繭の発光は止まっている。
確かに、ぼくたちは間に合ったのかもしれない。
そのとき、アスの剣と魔獣の黒い突起が交わる硬質な音が、洞窟に響く。
『ヘッドセット』を通じて、アスの囁きが届く。
「それで、いつになる、マックス? タイミングを教えてくれ」
「いつでもいいぜ。ちょうど、いい具合に抑え込んだところだ」
伸ばすマックスの右手には力がこもっている。
あまり魔力を調整した状態を、長くは維持できないらしい。
「なら、私は跳んで大きく下がる。その足が地面についたら、撃ってくれ」
「了解だ」
伸びる魔獣の突起と素早い攻防を続けるアスが、剣を叩きつける、その反動を利用するように後ろへ大きく跳ぶ。
跳躍したアスの足が接地したとき、マックスは魔法を放った。
繭の大きさ程度に調整された魔力の光が、瞬時に伸びる。
直撃。
マックスの手から放たれた光に飲み込まれた魔獣の繭は、影に変わる。
その光の中で、影が溶けるように崩れ落ちていく。
放出された光のエネルギーに押し出された空気が、洞窟内の細かな粒子を巻き上げる。
マックスの魔法が消え去ったとき、洞窟内は元のようにどこからか差し込む日光だけに照らされていた。
洞窟内に満ちる薄い土煙が、光の通り道を映し出している。
薄れた視界の中で、マックスの声が届く。
「繭どころか、魔獣そのものも吹き飛ばしちまったかな? ……思ったよりも魔力が強かったな」
「確認する」
その光の中で、地面に降り立っていたアスが、繭のあった場所に素早く接近する。
その場には、光の中で黒く溶け残った繭の残骸が、地面に広がるように張り付いている。
残骸の中でも一際大きく、厚みのある部分へと、アスが剣を振り上げる。
だがそのとき、ぼくは得体の知れない魔力がその場に展開されたのを感じる。
「気をつけろ、アス! まだ健在だ!」
その声が届くか届かないかのうちに、舞う土煙の中で、地面の残骸から突き上げるように、黒い突起がアスへと伸びる。
その突起を身を翻すようにかわし、アスがつぶやく。
「戦いやすくはなった。だが……」
距離を取ったアスに応じるように、地面に張り付いていた残骸が、ぶるぶると震える。
その動きは、自身の上にあった、マックスの魔法に焼き尽くされた繭の残骸を振り落しつつ、自らの羽を自由にする。
再び舞い上がった土煙の中に黒く光ったのは巨大な複眼。
そして、地面から二対の白い羽が宙へと伸びている。
――その魔獣は、蛾の姿をしていた。
角度の違う傾斜のついた四枚の羽の根元には、ゼンマイのように丸められた黒い口吻が見える。
「あれで無傷とはな」
先ほどの繭ほどの大きさがある蛾の姿をした魔獣は、素早く羽を震わせ、宙へと跳ね上がるように飛び立つ。
そのまま、アスへ殺到した魔獣は、黒い突起――口元から口吻を伸ばす。
アスはその攻撃を剣でさばき、そのまま羽へと刃を向ける。
だがそのとき、魔獣の魔力が高まる。
先ほども感じた、得体の知れない魔力。
最も近しいのは、つい先ほど、この洞窟に入る前に、ぼくが自らこの手で感じ取った魔力だ。
――すなわち、アルドリック・マクグレイヴの魔力。
もっとドス黒く、濁った魔力と混ざってはいるが。
その魔力が、魔獣の羽にまとわりつき、向けられたアスの剣を弾き飛ばす。
アスは驚いたように体勢を立て直すと、再び剣を構えなおす。
その魔獣の羽に展開された魔力は、正六角形――マクグレイヴ家の紋様を示していた。
「ヴァル兄、今のを見たかよ。あれって……」
「マクグレイヴ家、伝統の魔法。だが、魔獣が用いるなど……」
「アルドリック様の魔力を感じました。吸った魔力を用いているのかも。ヴァレンティン、あなたとアルドリック様の魔法の違いは?」
ぼくの問いかけに、ヴァレンティンが首を横に振る。
「ない。わたしは拘束魔法としてよく用いる。しなやかで固いから応用が効く。だが、あれは本来、防御魔法なのだ」
アスが伸びる口吻を避け、羽に二撃目を加えようとするが、その攻撃もアルドリックの魔法に防がれる。
身を翻し、宙へと舞って距離を取った魔獣を見上げると、アスがつぶやく。
「だとすれば、厄介だな」
それでもアスは再び剣を構え直し、不敵に微笑む。
「時間なら作れる。ジン、打開策を頼むぞ」




