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「……繭、みたいだね」
慎重に進み、二人の背中に追いつく。
そこでぼくとヴァレンティンが見たのは、洞窟の最奥部を埋めるように壁に張り付いた、巨大な白い繭だった。
上部の裂け目から日が差し込むその空間は、暗くはなかった。
そして洞窟が穿たれて作られたためか、かなりの広さがある。
ドームのような五十メートルほどの、円形に作られたスペースに、白い糸が蔓延っていた。
壁にある戸棚は、繭の主が動いたときに破壊されており、壁際に無残にも転がっている。
だが、その中に例の結晶は見当たらない。
繭そのものは、呼吸をするように、規則的に淡い緑色に発光していた。
その表面に、マクグレイヴ家の紋様が浮き出ている。
……わずかに、その紋様にマクグレイヴ家の魔力を感じる。
そしてその奥に、目覚めを待つように蠢く繭の主の影が透けている。
「魔力を……吸っている? ヴァレンティン、病に伏してからのアルドリック様の魔力の様子は?」
「たずねたことはない。だが、簡単な魔法さえ使えそうにないとはこぼしておられた。体力の衰えから来るものかと思ったが……」
繭の表面に浮かび上がるマクグレイヴ家の紋様を見据えながら、ヴァレンティンの眉間に深いしわが刻み込まれる。
「しかし、ヴァル兄、見ろよ、あれ。……親父が怒るぜ」
戸棚から落ち地面へ散乱している古い杖や割れた皿の破片を、マックスが指し示す。
ヴァレンティンが、マックスのその言葉に小さく息を吐く。
「冗談を言ってる場合か、マクシミリアン。……こんなときはどうするんだ。プロなんだろう?」
マックスがぼくへと目を向ける。
「こんなときこそ、ウチの大将の出番さ。さあ、どうするんだ、ジン?」
「まずは連絡手段を確保しよう」
そしてぼくは『ヘッドセット』を展開させる。いつも通りそれぞれの口元、耳元を魔力でつなぐと、ぼくは小声でヴァレンティンに呼びかける。
「例え戦いになっても、大声で呼びかける必要はない。聞こえますか、ヴァレンティン」
返事は、少しの間の後に返ってきた。
「ああ、はっきりと聞こえる。しかし興味深い魔法だな。注意点は?」
「間をつないでいる魔力の糸は、魔力で焼き切れます。注意してください」
ぼくがそう応じたとき、アスが一歩前へと出る。
「……それで、ジン。ヤツはまだ眠ってると思うか? 今のうちに刺し殺せるなら、そうしてくるが」
「むしろ、すぐにそうしよう。もしもアルドリック様の魔力を糧にしているとするならば、羽化のタイミングはおそらく、その魔力を吸い切ったとき……」
それは、アルドリックが死を迎えることを意味する。
アスが小さくうなずき、動き出す。
繭の糸は、繭本体を中心に、洞窟の奥の一角を張り巡らされており、細い糸が霧のようにぼやけた空間を生み出している。
繭の中の魔獣はすでに鼓動のような動きをはじめており、いつ目覚めてもおかしくはない。
魔力のないアス以外の人間がその糸に触れることすら、何らかのきっかけになりうる。
慎重に魔獣に近づくアスの背中を見つめながら、ヴァレンティンがつぶやく。
「しかし、アレはどこから侵入したのだ。入口は確かに封印されていた。上の亀裂にだって、防護をほどこしてあるのだぞ」
ぼくは魔獣へと目を向ける。
繭があるということは、幼虫もいたということだ。
それなら……。
「確かなことはわかりません。しかし結晶の場所にいる意味を考え合わせると……結晶に、魔獣が閉じ込められていた。あるいはその結晶そのものが、魔獣の卵だった。そのいずれかだと推測されます」
「……バカな。あの結晶はわたしも見たぞ。確かに鉱物だった。安全検査をした者も、魔法がかけられた痕跡はないと告げていた」
ナザリオの名が脳裏をよぎる。
奇妙な研究をしていたエルフは、どの方法を取るだろう?
だが、今となってはわからない可能性が高い。
「いずれにせよ、今は推測しか出来ません。洞窟の防護体制は、後でチェックしてください。ぼくらにいま出来るのは、あの魔獣を、速やかに始末することです」
アスは剣を振るうことなく、刃を巧みに使って魔獣への接近を遮る糸をゆっくりと断ち切っていく。
繭に、アスの接近を感知したような様子はない。
直近まで近づいたアスと比較しても、繭は二倍近く大きい。
三メートル近くある白い球形の中央部に向けて、アスは構えた剣の切っ先を向ける。
「いつでもいいな、ジン」
規則的な紋様の発光と、蠢く影に目を向けながら、アスが『ヘッドセット』を通じてたずねてくる。
「ああ、いいぜ」
ぼくの代わりに答えたマックスに、アスは背中を向けたまま、肩をすくめて応じる。
それから、構えた剣を引き、呼吸を整える。
そのとき、繭の規則的な発光が、不意に収まる。脈打つように蠢いていた魔獣の影が、不意に収まる。
そうして、アスがつぶやいた。
「見られている?」
瞬間、黒い槍のような鋭い突起が繭の内部から突き出され、アスへと襲いかかる。
初撃を避け、二撃目を剣で薙ぎ払ったアスは、後方に跳んで繭から距離を取る。
「アス、大丈夫?」
ぼくの問いかけに、アスはあくまで冷静に、剣を構えなおす。
「問題ない。……罠、のつもりか。忌々しいな」
アスを襲った鋭い突起は、今や繭から伸びたままになっている。
その突起が素早く上下へと動き、繭の中央を縦に裂く。
そして、繭全体が揺れはじめる。
中で蠢いていた魔獣が、姿を現そうとしていた。




