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「洞窟というより、峡谷が近いな」
周囲に目を向けつつ、アスがつぶやく。
森を抜けた先に待っていたのは、草木の生えない切り立った岩だった。
その岩石には五メートルほどの裂け目があり、上部には空がのぞいている。
その裂け目の最下部には、ほぼ正方形をした、かなりの高さを持つ門がある。
門の扉は見たところ木製で、金属の枠で縁取られている。
両開きのその門の中央部には鍵穴がある。
立派でこそあるが、アルドリックの所有物を守るにはやや警戒が足りないように見える。
だが、その門には見た目以上の何かがあることも、ぼくにはわかる。
「強い魔力を感じる」
馬車を降り立ち、扉へと近づく。
ぼくのその言葉に反応したのは、御者台から降りてきたヴァレンティンだった。
「わかるのか?」
ヴァレンティンはマックスへ目を向けたけれど、マックスは素早く首を横に振る。
「俺は何も言ってないぜ。……だから言ったろ、ヴァル兄。ジンは魔獣並みなんだって」
褒め言葉なのかよくわからなくなってきたその言葉を流しつつ、ぼくは扉の鍵穴を指さす。
「あんな鍵、役に立たないだろう?」
「ご明察だ。あれは偽物で、実際にはこの扉に鍵など存在しない。あの鍵穴へ何かを差し込むと、その者を捕らえる仕掛けが作動するようにできている」
ヴァレンティンはひざまずき、扉の下部へと右手をあてる。
そこには、木製の扉に浮き出た節の模様が三つ突き出ている。
「ここに魔力を流し込む。その魔力も、アルドリック様やわたし、後は本邸の守衛ぐらいしか受け付けないようになっている」
ヴァレンティンの手が魔力を帯びると、三つの節の模様に囲まれた部分に、マクグレイヴ家の正六角形の紋章が浮かび上がる。
そうして扉が自動的に、内側へと開きはじめる。
「ガラクタ置き場のくせに、厳重だろ」
「つまり、この二ヶ月間、誰も入り込んではいないってわけだね」
ぼくが応じたその意味を、マックスは理解したらしい。
「親父が置かせた結晶の位置も、そのままのはずだ。……何か奇妙なことが起こってないとすれば、な」
だが開いた扉の内側の空気に触れたとき、ぼくは確かな魔力の残滓を感じる。
そしてその魔力は、扉を封印していたものとはまるで違い――アルドリックの体に巣食っていたものと同質のものだった。
「どうやらぼくたちは正解に行きついたみたいだ。この先は一本道? あるいは、何か仕掛けがありますか?」
ヴァレンティンが首を横に振る。
その反応を受けて、アスが前へと進み出る。
「なら、私が先に立とう」
「たかが、結晶だぞ。そんなに、警戒する必要も――」
咎めるようなぼくの視線を受けて、ヴァレンティンが言葉を止める。
そして口を挟んだのは、マックスだった。
「ヴァル兄、ギルドの仕事をしていると、色々あるのさ。オオカミ狩りをしてたつもりが、異空間に閉じ込められたり、な。このテのことなら、俺たち、プロだぜ」
驚いたような顔をしたヴァレンティンは、やがてわずかに微笑むと、マックスの後ろに、ぼくと並ぶようにして退く。
「確かに、ここでは商人は場違いだな。専門家に任せよう」
マックスが微笑み返し、アスの後へついて、貯蔵庫の奥へと進みはじめる。
貯蔵庫は、天然に作られたものらしいけれど、奇妙な場所だった。
峡谷とも、洞窟とも言えた。
五メートルほどの広さを持つ、切り立った岩石の狭間にできた場所ではあったものの、ところどころで空がその岩肌に覆われる。
そしてその短い洞窟の内側は、岩をくり抜いて戸棚が設置されており、雑多なものが並んでいた。
奇妙な魔力を帯びた本や宝石もあれば、ただの傷だらけの古びた兜もあった。
中ほどにある洞窟で、不意にマックスが「げっ」と声をあげ、顔をしかめたのは、古い紙に描かれた、ほとんど丸と点で構成された 、ひどく簡素な、どうやら人の顔に見える絵を見て、だった。
額縁に入れられており、他の保管物よりは一段高いところに、目立つように置かれている。
保管だけじゃなく、飾っている、という風にも見えた。
マックスの背中に、ヴァレンティンが声をかける。
「ずいぶん前に、アルドリック様が教えてくれたぞ。あれはお前が一番最初に描いたらしい絵だ。アルドリック様は、自分を描いてくれたんだぞ、と誇らしげだった」
「親父、まだあんなものを……いくら物持ちがいいったって、限度ってものがよ……」
忌々しそうにつぶやくマックスに、アスが追い討ちをかける。
「私にはあの人物は、世界中のどんな人間にも見えるな」
「真相はどうなんだ?」
ヴァレンティンにそう問いかけられ、マックスはアスの背中を肩で押すようにして、早々とその洞窟から出ようとする。
洞窟を抜けた後、ぼくはふとマックスに提案してみる。
「あの絵、ぼくらのチームのトレードマークにするのもいいかもね」
「あの絵のことは忘れてくれ!」
珍しく、クスクスと声をあげてアスが笑う。
思った以上長く持続したその笑いも、最後には収まったあたりで、マックスがアスへと声をかける。
「もうすぐ最奥部だ。守衛の話通りなら、そこに結晶がある」
アスの背中が、うなずくだけで答える。
周囲に目を配りつつ、空が開けた峡谷部分から、日の光の差し込む最後の洞窟へと足を踏み入れる。
わずかに曲がりくねるその洞窟は、入口からは最奥部が見えなかった。
だが、先に立って進んだアスが、不意に立ち止まって振り返り、それからぼくたちを押しとどめるように静かに口を開く。
「ゆっくり来るんだ。特にマックス。動揺するな」
普段通り冷静なアスに、ぼくは洞窟の奥を目で指し示しながらたずねる。
「アス。そこからは、何が見えるの?」
「アレが何か、私にはわからない。だが、おそらく……」
ゆっくりと、マックスが洞窟の奥へと進む。
アスの隣に並ぶように立つマックスの目が見開かれたそのとき、アスの言葉が続く。
「――魔獣だ」
アスとマックス、二人の向ける視線の先――。
そこには、アルドリックの体に巣食っていた魔力が確かな存在感を放っていた。




