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アスの微笑みはすぐに口元から消え、彼女は長いピンクの髪を撫でつける。
珍しく、神経質そうな仕草だ。
「ナザリオのことは知っている。私がまだエルフの里にいた頃――ナザリオは私に興味を持っていた。よく話をしに来ていたな。わざわざ家を訪ねてきてまで」
ぼくは少しだけ、複雑な気持ちになる。
これまで、アスに過去の話を聞いたことはなかった。
話したければ自分から話しはじめるだろう。その時までこちらからは何も聞かないつもりだった。
そして今まで話してくれたことはすべて、エルフの里を出た後の話だった。
そんなアスからはじめて聞くエルフの里の話が、妙な男の話題だなんて。
「じゃあ、ナザリオとは親しかったんだ?」
その問いかけに、アスはわずかに当惑した表情を見せる。
それから、目を細めて苦笑する。
「ジン、私も人間たちの間で暮らすのが長くなってきたからな、ジンが何を聞いているのかは分かるぞ。……私の言葉の選択も悪かった。だがな、ナザリオが興味があったのは、文字通りの意味なんだ」
「文字通り、君を知りたいという意味ではなく?」
うまく伝わらないせいか、アスがもどかしそうに眉をひそめる。
「それはある意味では正しい。ただ、知りたい理由は好意じゃなく、興味だ。つまり、私が魔力がない、エルフとしては特殊な肉体を持っていたからだ。ナザリオが知りたかったのは、私の肉体の仕組みだけだ」
想像していなかったアスの答えに、ぼくは言葉を失う。
つまりナザリオはアスを、好意を寄せる相手ではなく――それどころか、人としてすら見ていない。
アスが忌々しそうな顔を見せる。
「ナザリオは、エルフの中でも変わり者だ。魔獣と人間の研究、そして実験をしていると聞いたことがある。ヤツの家の周囲は奇妙な異臭がし、そして赤く染まった廃棄物がよく見つかるらしい――私は近づいたことはないが。ただ、ヤツは人間の世界にも詳しい。ある意味では、私が人間たちの間に身を置いたのは、ナザリオの影響とも言える。ヤツの人間界の話にだけは、私も興味を惹かれた」
「……マクグレイヴ家の訪問も、その研究の一環かな?」
「あるいは、ザハークという商人と何らかの取引を交わしているのかもしれないな」
「ナザリオがどんな魔法を使うかはわかる?」
ザハークから渡されたという結晶との関連が分かるかと思ったけれど、アスがゆっくりと首を横に振る。
いずれにせよ、実際にその結晶を確かめてみる必要があるわけか。
そのとき、部屋の扉が開く。
マックスとヴァレンティンの二人が、ほぼ時を同じくして部屋に戻ってきた。
「例の結晶の場所、わかったぜ。知らない相手からもらったものだ、親父もそれなりに警戒はしたようだな。面倒なことに、貯蔵庫の一番奥だ」
「馬車の手はずはすでに整えてきた。すぐにでも出られるが、問題ないか?」
ヴァレンティンからの問いかけに、ぼくらはうなずいてみせる。
馬車はマクグレイヴ家本邸の前に用意されていた。
ヴァレンティンは客室には乗り込まず、その外、馬の後方に座る御者の隣へと乗り込んだ。
「ヴァル兄はそっちでいいのかよ? 当主代行様なんだろ? 御者も遠慮するぜ」
「いいや。しばらく敷地も回っていなかったからな。せっかくの機会だ、こっちの方が見晴らしがいい」
その言葉がすべてなのか、あるいはぼくらに気を使ったのかはわからない。
「相変わらず、仕事熱心なんだから……」
馬車の客室に乗り込み、そう独り言を言うマックスに、ぼくは微笑みかけた。
「マックスとは違うね」
「そう言うなよ、ジン。俺も俺なりに、真面目にやってるつもりなんだからよ。……だけど、もし俺が家を継いでいたら、ああはなれなかっただろうな」
「前にも少し話してくれたことがあるけど、家を出たのはどうして? よかったら、聞かせてくれないか」
動き出した馬車の窓から、マックスが外を眺める。
本邸の敷地を離れると、はるかに広がる平原と、そして遠くに小さな街が見える。あの街の住人はみな、アルドリック家に仕える使用人であるらしい。
「簡単にいえば、周りが信じられなくなったのさ。12、3歳頃から、俺の魔力は自分でも抑えが効かないほど、高まっていった。石を使った魔力勝負でも、ヴァル兄なんか相手にならなかったぐらいだ。その代わり、魔力の扱いは一向にうまくならなかったがな。マクグレイヴ家伝統の魔法なんか、夢のまた夢だ。……そんな俺に、周りの人間はなんて言ったと思う?」
アスが皮肉めいた笑みを浮かべる。
「冷たく当たられた、か?」
「あるいは、何も言えなかった。言ってもらえなかった」
「……二人とも、ハズレだ。もっと悪かったな。周囲はみんな、俺のことを褒めたんだ。大した才能だって」
実際、それは完全なお世辞でもないだろう。
魔獣にも匹敵するマックスほどの魔力の持ち主には、この世界に来てから未だに出会えていない。
「だから俺も調子に乗った。素直な子どもだったんだ。魔力を伸ばして、威力を高める。そればかり練習し続けた。……だけど魔力操作は少しもうまくならなかった。でも、俺は満足してたんだ。だが、ある日親父に言われたんだよ。俺みたいな半端なヤツは、家を継ぐ他に生きていく道はないって。魔法はぶっ放すだけで、ロクに操れない。他に何が出来る? ってさ」
マックスが自分の手のひらに目を落とす。
その手のひらが何度か、握ったり、開いたりを繰り返す。
「ショックだったね。みんな、褒めてしかくれなかったからさ。親父の言うことは正しかったんだと、今となれば分かる。だけど世間知らずの俺は反発した。家のみんなが俺を騙していたんだとも頑なに思った。商人なんかにはならない、そう言い捨てて、家を出た。引き留めようとするヴァル兄には、ギルドで仕事をする、と告げてな。それがヴァル兄の夢だって話は聞いてたし、俺もいつしか憧れてたんだ」
マックスは進行方向に背を向ける形で座っていた。
その体をひねって、客室の前方に開いている窓から、ヴァレンティンの背中を見つめる。
「結局、甘かったのは俺だった。その後のことは、ジンの知ってる通りさ。ロクに仕事は出来ず、自信は打ち砕かれ、弱さを隠した。……でも、巡り巡って、結果的によかったよ。ヴァル兄は当主に適任だろう? 俺なんかよりもさ」
「……マックスだって、いい当主になっていた思うよ」
その言葉は本心だった。
ヴァレンティンほどの冷静さはなく、感情的な面も目立つけれど、マックスは人がいい。周囲を引きつける才能がある。
それは、当主に必要な能力じゃないだろうか。
「でも、結果的によかったのはぼくらの方だ。きみのような、荒削りな才能の塊――で、かつ、いい仲間に出会えたんだから」
「あんまり褒めるなよ、ジン」
照れくさそうに頭をかくマックス。
そこへ、アスが静かに付け加える。
「あんまり荒削りすぎるから、最初、私は反対したんだ」
「……アスさんも、冗談が上手になったよな」
「いいや、それ、本当の話だよ」
ぼくが付け加えると、マックスはぼくらの顔を見比べて、それから大きくため息をつく。
「マックス・グレイ、やめようかな……」
そうして、ちらりとマックスが顔をあげたのを合図に、ぼくらは三人で大笑いをした。
――そのとき、馬車がわずかに揺れ、ゆっくりと速度を落としはじめる。
マックスが再び、前方の窓から外へと目をやる。
「見えてきたぜ、貯蔵庫が」
マックスの視線の先には、森へと続く一本道と、そしてその森が背負われるように立つ、灰色の岩肌が見えていた。




