37
しなやかな魔力。それが、ヴァレンティンの放った魔法から受ける印象だった。
魔力が物質化し、宙に浮かぶ正六角形の平面となってマックスに向けて放たれる。
その光を固めた樹脂のように見えるその物質は、硬さと軟らかさ、相反する二つの性質を持っているかのように見える。
予期していたのか、マックスはすでに座標をずらしていた。
回り込むように走りはじめ、そばにあった植栽の影へと逃げ込む。
生垣と庭木で作られたその植栽は、マックスが姿を隠すのには十分だった。
ヴァレンティンの魔法は、生垣に当たる直前で消滅する。
あの魔法、遠隔で操作が可能なのか。
感心していると、ヴァレンティンがぼくを振り返る。
「ジン。直接は聞かせてくれなかったが、君がマクシミリアンの成功に一役買っていることはわかっている。ヘイワードというギルドマスターが、それとなく教えてくれた」
ヘイワードめ。
わずかに肩をすくめて応じると、ヴァレンティンがマックスの動向を窺いながら、言葉を続ける。
「だからこそ、君は手出ししないでくれないか。これは、わたしたちの問題だ」
やるじゃないか。ぼくはヴァレンティンを改めてそう評価する。
元より、手出しする気はなかった。でもやろうと思えば出来るし、『ヘッドセット』を使えば、ヴァレンティンを不意を突くことだって可能だっただろう。
だが、ぼくらを背にした、ヴァレンティンのこの位置取りが意味するものは。
「わかってますよ。ぼくも、もちろんアスだって、この戦いには関与しません」
視界の端で、アスがうなずく。
「感謝する」
「でも、一つだけ確認してもいいですか? この戦い、跡継ぎになるのはマックスが負けた場合です? それとも、勝った場合?」
先ほどの会話からは、勝負の結果どうなるのかははっきりとしていなかった。
ヴァレンティンは果たして、ニヤリと笑った。
「それは、結果次第、とでも言っておこうか」
――なるほどね。
その結論は、わざとぼかしてあるんだ。
どのような結果になろうとも、ヴァレンティンの思い通りの展開に持ち込めるようにしてある。
どう転んでも、ヴァレンティンの――あるいはマクグレイヴ家の手のひらの上――とすると、大事なのは勝負そのものよりも、その内容か。
そう理解したものの、ぼくはヴァレンティンに微笑み返した。
「……マックスは勝ちますよ」
「それは、楽しみだな」
その言葉に反して、ヴァレンティンは冷静ないつもの表情に戻っていた。
彼がマックスの潜む方向へと歩き出したとき、アスがぼくへと目を向ける。
「マックスにすれば、不利な条件だな。得意な条件がすべて封じられている。ご丁寧に、私たちまで盾扱いだ」
ぼくはうなずく。
戦いがはじまる前、それとなく回り込んだヴァレンティンの動き、あれにももちろん意味があった。
かつてのマックスの魔力のことを、ヴァレンティンはもちろん知っているはずだった。
本気の一撃しか放てない、扱いの難しい膨大な魔力。マックスが扱えた魔法は、それだけだった。
マクグレイヴ家の屋敷――さらには仲間であるぼくら――を背負うことで、万が一にも本気の一撃は撃たせない。
仲違いしていた時期があったとはいえ、病身の父がいる生家に、魔法を打ち込むほど、愚かなマックスではない。
「全部、計算ずくだ。なかなかの男だよ、ヴァレンティンは」
「それでも、マックスは勝つのだろう?」
アスのからかうような視線に、ぼくはうなずき返す。
植栽に潜むマックスへと、ヴァレンティンが近づいていく。5メートルほどの幅があるその植栽の左右へと目を向け、ヴァレンティンが声をかける。
「木ごとわたしをその魔力で貫こうというのなら、やってみてもいい」
そう声をかけつつ、ヴァレンティンは知っているはずだった。マックスにそんなことはできないと。
多少の木ぐらいではマックスの強烈な魔力には意味をなさない。
むろん、ヴァレンティンだって無事では済まない。
そんな方法は、マックスは決して選ばない。
そこまで見越しているらしい。
ヴァレンティンは背後に、そして足元へと目を向ける。
「来ないというのなら、こっちから行くぞ!」
ヴァレンティンが上空に向けて手を掲げる。
放たれたのは、またしてもあの六角形の魔法――数発、連続して放たれた六角形が、宙を飛んで植栽を越え、そして急降下して向こう側にいるマックスへと襲いかかる。
植栽の向こうで、衝撃音と弾き飛ばされた土塊が跳ね、そしてマックスが植栽の左側から現れる。
そのとき、ヴァレンティンはすでに魔法を放つ構えに入っていた。
「やはり――そちらからだったか」
ヴァレンティンの姿を視認しただろうその瞬間に、至近距離からのヴァレンティンの放つ六角形がマックスに命中する。
一瞬、容赦ないやり口に思えた――が、すぐにその魔法の性質が分かる。
魔力から感じられる印象のとおり、生み出された六角形は網のようにしなやかにマックスの体を包みこんで捕らえる。
「拘束魔法、か」
隣でアスがつぶやいたとおり、肩から膝まで六角形の形作るしなやかな平面に覆われたマックスは、その場にひざまずくような体勢で動きを止める。
そんなマックスを、ヴァレンティンは落ち着いた動作で見下ろす。
こちらに背中を向けているせいで、その表情には何が宿っているのかはわからない。
「わたしの勝ちのようだな、マクシミリアン」
一方でマックスの顔はこちらに向いていた。
打ちひしがれたような、あるいは焦燥にかられるかのようなその表情。
その顔を見たヴァレンティンは、勝利を確信しているだろう。
だが、もう長い付き合いになっていたぼくには、その表情が本気のものじゃないことがよくわかった。
……あれは、ブラフだ。
マックスの視線が一瞬ぼくらに向けられ、わずかにその口元が緩んだ。




