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マクグレイヴ家の本邸は、事前に予想していた以上に大きな建物だった。
歴史的建築物と比較できるほど、壮大さをまとっている、
白く塗られた壁に、ところどころに煌めく金属の装飾。
アスも隣で建物を見上げ、物珍しげに目を細めている。
一方でマックスへ目を向けると、固く結ばれた口からため息がもれた。
「数年ぶりだって言うのに、代わり映えしねえ。気が進まないな」
ほぼ半日、近くの街から徒歩で移動を続けていた。
だがそれ自体はぼくらにとっては珍しいことじゃない。
にも関わらず、体全体に絡みつく疲労感は、マクグレイヴ家が近づくにつれ言葉少なになっていく、マックスの精神的なものが伝染したせいだろうか。
もっと楽に移動することはできた。ヴァレンティンはギルドにぼくらへの言付けを残していた。
マクグレイヴ家に行くための場所はすでに手配してある、と。
しかし、マックスはその馬車に乗ることは拒否して、乗り合いの馬車で近くの街まで移動することを選んだ。
その後は徒歩で進み、いくつかの検問を抜け、この本邸までたどり着いている。
そして、マクグレイヴ家の玄関の扉の両脇に立つ守衛も、その検問にいた兵士たちと同じ反応を見せていた。
驚きで見開かれた後に、あくまで事務的に、正面に目が戻る。
マックスの通行を認めはするものの、歓迎はしていないというその動作。
だが、彼らのうちの一人、老練の守衛の顔をのぞき込んだマックスは、穏やかに声をかける。
「久しぶりだな、オルド」
その守衛はあくまで前方を見つめ続ける。
だがやがて、小さく返事の声があった。
「……お久しぶりです、マクシミリアン様」
「相変わらず、お堅く任務を全うしているようで何よりだよ。久しぶりだってのに目も合わせてくれない。さすがオルドのじっちゃんって感じだな」
「申し訳ありません」
「いや、それでいいんだよ」
守衛により、重い玄関が開かれる。
開いた扉の向こうに待っていたのは、深い青い色の絨毯と、2階まで繋がる巨大なホール。
そして正面の階段からは、ちょうどヴァレンティンが降りてくるところだった。
どこか、玄関の様子が見える場所にいたらしい。
苛立ちを感じるような、やや足早な歩調で、先を歩くマックスへと近寄ってくる。
「マクシミリアン、なぜ、わたしの手配した馬車を使わなかった? おかげで検問に余計な手数を強いることになった」
鋭い目をヴァレンティンはマックスへ向ける。
確かに、最初の検問にはずいぶんと時間がかかった。応対に出た若い兵士は、まだマクグレイヴ家に勤めて日が浅かったらしく、マックスを見ても何ら動じる様子を見せることなく、通行許可証はあるのか、との一点張りだった。
マックスが反応する前に、ぼくが口を挟む。
「申し訳ないですが、ぼくたちは手配された移動に慣れていないので、ね。実際、馬車を待つよりも早く着いたはずです。一刻を争う事態だと判断した結果です」
口出しをしたぼくに、ヴァレンティンが真意を測りかねるように目を細める。
だがこれは、ぼくはあくまでマックス側に立つ、という二人に対する宣言でもあった。
差し挟まれたぼくの言葉に意外そうな顔を見せた後、マックスが声を重ねる。
「ただ、あそこに顔見知りのヤツらがまだいてよかったよ、ヴァル兄。もしいなけりゃわざわざご足労願ったかもしれないからな。……それで親父は? 寝室か?」
「……こっちだ」
悪びれないマックスに苦い顔をしながら、ヴァレンティンが先に立って歩き出す。
その部屋は、マクグレイヴ家本邸の最奥部にあった。廊下の突き当たりに、大きな両開きの扉。足早に歩くヴァレンティンの背中をマックスが見つめる。
「ヴァル兄、なぜここなんだ? 客間だろう? しかも、賓客用の……」
「アルドリック様の容態は比較的早急に、しかも原因が不明なまま悪化していった。治癒魔法の使い手でも癒やせない何か……その何かの原因が、部屋そのものにある可能性も考え、まだ動けるうちに移ってもらったのだ。だが……」
ヴァレンティンが言葉を濁しつつ、扉を開く。扉の奥にはどこか儀式ばった堅苦しい部屋の中にベットが据え付けられていた。
そこにアルドリック・マクグレイヴは眠っていた。
三人は優に横になれるベッドに、痩せこけた老人ひとりが目を閉じて横になっている。
伸びたヒゲに、わずかに青みを残すもののほとんど白くなった髪の毛。
弱々しく胸を上下させる様子から、ヴァレンティンの言葉は確かなものだったように思えた。
この老人の死期は、そう遠くない。
「親父……」
ベッドの傍らに立ったマックスが、呆然としながらも声をかける。
眠っているのかと思われたアルドリックの目が、ゆっくり開く。
「マクシミリアン、か?」
マックスの目がわずかに悲しみに沈むが、すぐに普段の表情を取り繕う。
「どうしたんだよ、親父。見捨てた息子にまた小言を言いたくなるほどに、弱っちまったのかよ? ヴァル兄がお呼び出しに来てくれたんだぜ」
アルドリックは意外そうな目をヴァレンティンに向ける。
しかし、ヴァレンティンに一度小さくうなずいてから、マックスへと弱々しいが、柔らかな目を戻す。
「そうか、ヴァレンティンが、呼んでくれたのか。……マクシミリアン、お前が勝手に選んだ道だ。助ける気はない。マクグレイヴ家の名を汚すことも許さん。その想いは変わらんが……お前は、うまくやれているのか?」
「トップの請負人だ。仲間もいる。ウソだと思うなら、ヴァル兄に聞いてみな」
アルドリックの目がぼくとアスへと向く。
平凡な子どもと、珍しく武器をまとった女性のエルフがアルドリックにどう見えたかはわからない。
だがヴァレンティンがうなずくのを確認すると、ほっと小さくアルドリックは息をつく。
「なら、いいんだ。わしの望みではなかったが……どうやら、うまくやっているようだな、マクシミリアン。それで、十分だ。それだけ話せれば、それでいい」
そうとだけ言うと、アルドリックの目が弱々しく閉じる。
まだ何か言いたげだったマックスの目が、ヴァレンティンへ向く。
しかしヴァレンティンは首を横に振った。
「ここまでだ。アルドリック様はお疲れのようだ」
ぼくとアスが扉へと向かう中、マックスは、何度かアルドリックに目を向けながらも、やっとのことでベッドから離れる。
玄関へと背を向けたその時、アルドリックの声がその背中にかけられた。
「だが、よく来てくれた、マクシミリアン。苦労をかけたな」
マックスが振り返る。しかし、アルドリックの目はすでに閉じていた。
ヴァレンティンが、ぼくらを見送るように扉への方へと向かってくる。
「マクシミリアン、後で話がある。使用人に案内するように言ってあるから、そこで休んでいろ。わたしは、アルドリック様の様子を見てから、そちらへ行く」
「わかったよ」
どこかぶっきらぼうに言い放ち、マックスが先に立って扉を出る。
ぼくとアスはその背中に続く。雰囲気から、今はマックスに声をかけない方がいいとわかっていた。
その背中は震え、かすかに、押し殺した嗚咽のような、とめどない息が漏れ聞こえていた。




