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燃える魔獣の角が空気を通じて届かせる、ほのかな熱を感じながら、ぼくとマックスはアスたちに近づく。
「オスカーのおっさん……気分はどうだ?」
支えるアスの腕から身を起こしたオスカーは、地面に座り込んで呆然としているように見えた。
だが彼は顔をあげると、マックスへ微笑む。
「最高の気分ですよ。……生き延びれるなんて、思ってませんでしたから」
微笑み返したマックスが手を伸ばし、オスカーがその手をとって立ち上がる。
二人はそのまま固い握手を交わしていた。
その様子を見届けた後、ぼくは魔獣へと目を向けた。
「たぶんこの森は、魔獣のテリトリーだったんだろう。あの狼は、ぼくらから逃げ切れないと悟って、やむなくここに逃げ込んだ。結果、魔獣に殺された」
「ジン、なぜ魔獣はオスカーを殺さなかったんだろう?」
「たぶん、何の興味もなかったんだ。狼とは違い、オスカーは何がどうあっても魔獣の脅威にはならない……あるいは、他の人間を引きずり込む餌だったのかもしれないけれど、今となってはわからない」
倒したヘラジカ魔獣へ目を向けると、その姿はほとんど灰になっていた。
わずかな骨だけが残っている。もしかしたら希少な材料だったかもしれない、魔力の発生源とも思えたあの角は、すでに燃え尽きていた。
「あれじゃ売り物にはならないな……」
ぼくのそのつぶやきを、オスカーは耳ざとくとらえたらしい。それまではマックスと肩を叩きあって笑いあっていたのに、不意にこちらへ見開いた目を向けてくる。
「ジンさんはそう言いますけどね、私なんか、もっとひどいですよ。馬には逃げられる。馬車は壊される。大事な商品は、もう売り物にはならない。そして、食べられるものは自分で消費してしまいました……それが、商人としては、一番悔しい」
冗談かと思えば、オスカーの表情は崩れない。
ぼくとアスは、目を見合わせて苦笑する。
「おいおい、オスカーのおっさん。命が助かったばかりなのに、さっそく金の話かよ?」
肩をすくめるマックスに、オスカーは強く首を横に振る。
「商人にとっては、金も命ですよ。あなた方ほど強ければ、いろんな身の振り方がありますけどね。私は、これでもって生きていかなくちゃならんのですから……ああ、まだ売れるものがあるか、探してきます」
オスカーが壊れた馬車の方へと向かう。
アスは呆れた表情から、少し真面目な顔になり、狼のリーダーの亡骸へと目を向ける。
「ジン。あの狼の毛皮は、オスカーに渡してやらないか? さすがに、かわいそうだろう……?」
ぼくらにとっては、狼の毛皮はもともとの目的だ。
苦労して手に入れた毛皮を他人に譲るなんて、商売人としてはあってはならないことだ。
……だけど、まあ、一部を譲るだけなら、先々の投資としては悪くない。
何しろオスカーは、この世界にあって、馬車で交易ができるぐらいの力を持った商人なんだし。
「まあ、結局のところ、ぼくらが狩ったわけじゃないし、ね。アス、処理を頼む」
微笑むアスがうなずいて、狼の死骸の方へと向かう。
そのとき、マックスがふと口にした言葉が、ぼくの耳に残った。
「商人の身の振り方ぐらい、わかっているよ……ウチも、そうだったものな……」
狼の毛皮の回収と、オスカーの馬車からの回収を終えた後、ぼくらは来た道を遡った。
『境目』は、もはや存在しなかった。苔むした森から、乾燥した岩肌へ――踏みだして、その境目を超えたとき、オスカーが深く息をつく音がした。
目を向けると、オスカーは泣いていた。
ぼくらの前であることを憚ってか、声は殺していたものの、大粒の涙を流し、手で顔を拭っていた。
マックスは無言で、そんな彼の肩を一つ、音が出るほどの強さで叩く。
オスカーは泣きながら微笑む。
「仕方がないでしょう? また、家族と会えるんですから……」
マックスはわずかに思案げな表情をした後、そっとオスカーから目をそらしていた。
岩肌を出て振り返ると、すでに『境目』の端の地面の苔は、乾燥してわずかに変色していた。
もともと、ヘラジカ魔獣の魔法によってやってきた植物たちだ。ここには根付くことなく、いずれ環境に淘汰されてしまうのだろう。
それから、ぼくは岩肌を見上げた。
「さあ、帰ろうか」
※※※
街にたどり着く頃には、日は傾きはじめていた。
そして街へ到着した後、オスカーとはすぐに別れることになった。
「もう、すぐに旅立つの?」
街の入口の、家へ戻る人影が集まる雑踏の中で、オスカーは深くうなずいた。
「幸いにして、この街には知り合いがいるんです。長らく、手紙でのやり取りしかできていませんでしたが、帰る手助けはしてくれるはずです。路銀は手持ちと、いただいた毛皮があれば何とでもなりますし……準備ができ次第、この街を発ちます」
「明日でいいんじゃないのか? どうだ、オスカーのおっさん、一緒に食事でも……」
「ありがたいですが、マックスさん、私は一週間前、家族にも何も言わず、すべての取引を放り出して、行方不明になった人間とですよ? 僅かな時間でも惜しいぐらいで」
太陽の傾き具合に目を向けるオスカーは、すでに時間に追われはじめているようだった。
だがそれもまた、彼の喜びであるように、ぼくには感じられた。
何しろ、六日間もの間、あの魔獣に、どこに行くことも出来ない無為の時間を強いられてきたのだから。
「それじゃあ、また」
オスカーは、手を差し出してくる。
ぼくの目線の高さに合わせるように、低く差し出されたその手をぼくは握り返す。
「このご恩は決して忘れません。今後、私に協力できることなら、何でもいたします。……もちろん、ジンさんの思慮深い判断あってのことでしょうから、ね」
「それじゃ、損をさせない機会が見つかったら、必ず声をかけるよ」
オスカーが微笑んでうなずく。
「アスさんも、お元気で。美味しい、珍しいものを見つけたら送りますよ。そしてマックスさん――最後に、いや、最後だから聞いておきたかったのですが、……あなたは、マクシミリアン様ではないですか?」
それまで、笑顔で握手のための手を伸ばしていたマックスの動きが、一瞬止まる。
強張った顔と、意外そうな沈黙のあと、マックスが微笑む。
「そりゃ誰のことだい、オスカーのおっさん。俺は、マックスだぜ。ただのマックス・グレイだ」
オスカーがマックスの表情を窺うように、じっと目を向ける。だがやがてその表情が緩む。
「……そのようですね、マックスさん。それでは、お元気で。また、会いましょう」
強く握手をかわした後、オスカーはぼくたちに背を向ける。しばらく歩いた後に振り返り、ぼくらにもう一度だけ手を振った。
その後は、雑踏の中に消えていった。
「俺たちは、どうする?」
マックスが、目を向けてくる。
「とりあえず、ギルドに向かおうか。狼の毛皮を精算して……もちろん、きみの名前でね、マックス」
「……そういえば、そうだった。ただ、もう、名義貸しなんて関係じゃないしな。三人の代表で、俺の名前を使うだけ――そこに、何のウソもないだろ?」
その問いかけを受けて、ぼくはアスへと目を向ける。アスは小さくうなずいてみせる。
「マックスがそれでいいならね。何もしなくともぼくらは仕事をこなす――だけど、マックスが一緒にやってくれるなら、その方がいい」
「あんな戦いの後に、別々で仕事をこなすなんて、そっちの方が無理だぜ、相棒。……それにしても、疲れたな」
ぼくらは、すでにギルドへ向けて歩き出していた。
夕闇が迫っている。
「まずは夕食にしよう。私はお腹が空いた」
「一つ聞いていいか? アスさんってエルフだよな? なのにお腹がすくのか?」
「言っただろ? 私には魔力がない。『出来損ない』なんだ。だから、腹が減る。……でも、だからこそ、ご飯が美味しいんだろうな」
言葉をかわす二人を後ろから眺めながら、ぼくは歩を進める。
この二人がいれば、ギルドの依頼はいくらでもこなせる――だから、後はギルドと交渉するぼくの手腕次第だ。
どうするのがベストだ? 第一に、マックスを仲間として引き入れたことに、ヘイワードはどんな反応をするだろう……?
そんな風に思考を展開させていると、前を行く二人が振り向く。
「ジン、早く行こう。食堂が混む」
「メシでも食いながら、今後の話をしようぜ」
夕闇の中に溶けはじめている、急かす二人に駆け寄るように、ぼくはスピードを上げる。
考えることはたくさんある。でも、後でもいいか。そんな風に思いながら。




