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「マックス、体勢を低くして。頭を、ぼくの手が届く位置に。なるべく、動かないでいてくれ……チャンスは一度きりだ。アスとタイミングを合わせて、魔力を放つ」
ぼくの声を受け、マックスがしゃがみながらうなずく。
腰を落としたマックスの背後から、両腕で彼の頭を挟み込むように、手を伸ばす。
そしてぼくは、魔力を展開させる。
イメージは、『ディスプレイ』だ。
普段は目に映らないぼくの魔力を顕在化させるには、少し不安があった。
だから、生み出すべきものだけに集中する。
現実の無数に存在する色を生み出す必要はない。
光の三原色。その組み合わせだけで、模倣する映像は生み出せる。
魔法がイメージだというのなら――そのイメージを強化してやればいい。
「……なんだ、こりゃあ」
マックスの顔の前、広げたぼくの両手の間に展開した魔力が、徐々に色を帯びはじめる。
やがてそこには、半透明な映像が生まれていた。
その映像は、マックスの視界に重なっている。
『ディスプレイ』に表示したパラメーターは二つ。
一つは魔力の軌道だ。『糸』を伸ばす要領で、オスカーには当てず、その背後にある魔獣の魔力を撃ち抜く軌道を、黄色いラインで映像化している。
「黄色く映ってるのが、きみの魔力の軌道だ。着弾点は、オスカーの背後になっている? 違っていたら、マックスの方で視界をズラして合わせて欲しい」
「いや、ぴったりだ。……もう一つの、この図形は?」
その図形は菱形で、その線は赤から青に変わるグラデーションで描かれている。
今はまだ表示されていないはずだけれど、魔力に反応して、白いポイントが浮かび上がるようにしてある。
「きみの魔力の状態を、ぼくの感覚で可視化したものだ。できるだけ強い力で、一点を貫きたい。上下が魔力の強さで、左右が収束度。……だけど、そんなのは覚える必要はない。とにかく魔力のコントロールに集中して、ポイントが真ん中に来たら、魔力を放つんだ」
ごくん、と息をのむマックス。
それでも、すぐさま前方へと手をかざす。
「この黄色い線に乗せて、図形の真ん中に表示が来たら撃てばいい。そうだな?」
マックスの魔力が高まる。その魔力は、ぼくの感覚ではあまりに強すぎて、しかも拡散している。
おそらく、図形上のポイントは、右上方向に振り切れるほどの勢いで、張り付いているはずだ。それでも、震えるマックスの声が続ける。
「なんだ、簡単じゃねえか」
「攻撃のときは、言ってくれ。そして、アス。そのタイミングに合わせて、避けてくれ。魔力は左方向に放出して、曲げる。右に体をズラしてくれれば、それでいい」
「わかった。声をかけてくれ、マックス」
マックスの返事はなかった。魔力のコントロールに集中しはじめている。
そして、ぼくにはその苦戦が伝わってくる。間近で感じるその魔力は、やはり極端だった。
軽くひねっただけで猛烈な勢いで水を噴出する蛇口のように――加減の調整がひどく難しいらしい。
「ダメだ、ジン……今のままじゃ、できそうもない」
苦しげな声でつぶやくマックス。
ダメなのか、マックス。ぼくはそんな言葉を発しそうになる。
だけど、マックスはそのまま、つぶやくように言葉を続ける。
「だから、何でもいい、アドバイスをくれ。……それで、やってみせる」
その言葉にぼくが微笑んだのは、きっとマックスには見えていなかった。
「マックス、きみの魔力は、わかってると思うけど、強すぎる。強すぎて制御が出来ず、狙いをつけて撃つのが難しい。だから――言ってしまえば、撃たなくていい」
マックスの呼吸が一瞬、止まる。ぼくの言葉を理解しようとするそんな間の後に、ぼくは続ける。
魔法はイメージだ。さっきぼくがマックスに感じた、水量の多すぎる蛇口のイメージ。
あのイメージを、マックスにも共有出来るのなら。
「流し込むんだ。ぼくがきみに見せている『ディスプレイ』の軌道に乗せて、流すだけでいい。きみの魔力なら、それだけで、あの魔獣を撃ち抜ける」
軌道をホースのように使って、とは言えなかった。この世界ではまだ、ホースを見ていない。
だけど、マックスには十分伝わったらしい。一度、大きくうなずく。
マックスの魔力の質が変化しはじめる。だが、まだ足りない。
「もっとだ。もっと力を抜いて……絞り込むんだ」
どこか矛盾しているぼくのアドバイスに、マックスはうなずく。
それから魔獣に向けた魔法を撃ち出す構えを大きく変える。
右手の手のひら全体を向ける形から、握り込むように親指だけを魔獣に向ける。
そして、親指と人差し指の間に、魔力が集まる。
『ディスプレイ』が反応する。
外周部だけにしか行かなかったポインターが、中央付近で揺れる。近づいた。
だがまだ、安定はしていない。
魔獣の魔力は、アスの靴先にまで迫っている。
猶予は、あと十秒あるか、ないかだ。
「マックス、もう時間がない。カウントは必要?」
「頼む。……アスさん、避けてくれよ。そして、ありがとうな、ジン――お前のおかげで、掴んだぜ」
つぶやくように言うマックス。
『ディスプレイ』にある図形の中央付近で、ポインターが揺れる。
「カウントは三秒だ。――三、二、一、撃て!」
それまで剣を振るっていたアスが、ひねるように右側に身をかわす。
左側の空間に、細く、まるでレーザーのような収束した光が伸びる。
その光は、ぼくが『ディスプレイ』に表示した軌道をなぞり、オスカーへと向かい、曲がる。
オスカーには、当たらなかった。
十字架のように吊るされた彼の右の脇をすり抜け、心臓の背後にあった、魔獣の魔力の中心部を直撃する。
マックスが魔力を流し込んでいたのは、一秒にも満たない時間だった。
だがそのわずかな時間の後、忍び寄ってきた魔獣の魔力が動きを止める。
防いでいた攻撃が止み、アスが剣を下げる。
魔獣の角の間に、きらめくような歪んだ空間はもはやない。
次の瞬間、蝶の羽のように広がった魔獣の角、その全体にマックスの魔力の光が輝くように走る。
オスカーを縛っていた何かが、その力を失う。
重力に再び捉えられたオスカーが、ゆらりと落下をはじめたとき、彼の周辺の空気から、確かにオスカーの声がした。
『私に構わず、戦ってください!』
『どうせ共倒れになるなら、せめて、貴方がただけでも!』
『誰かを私のために失うなんて、許されないことです!』
『もう、いいですから、私に構わず!』
『聞こえていないのですね……それでも、私は……』
『お願いですから、私には構わずに!』
そんな声が届く。
それは、オスカーと共に捕らえられていた、彼自身の声だったのだろう。
地面へと落下するオスカー。
彼は、すでに走りはじめていたアスに受け止められる。
まだ立ったまま動かない魔獣を、その目前でオスカーを支えるアスが見上げたとき、魔獣の大きく広がった角が燃え上がりはじめた。
その炎は、奇妙な色をしていた。魔獣の展開していた空間の歪みのように、プリズムのように様々な色に移り変わり、安定しない。
マックスと、魔獣の魔力が入り混じった炎だった。
そしてヘラジカ魔獣が、ゆっくりと横倒しになる。
魔獣の巨体は、もう動かなかった。
その魔力が失われたことを確認して、ぼくは『ディスプレイ』の魔法を解く。
「やったのか? ……オスカーのおっさんは、無事かよ?」
『ヘッドセット』を通じてそうたずねたマックスの声色は、かなり疲れていた。
オスカーを抱きかかえたまま、介抱を続けるアスの声が届く。
「問題なさそうだ。意識もある」
「そりゃあ、よかった」
マックスがしゃがみ込んだまま、ぼくを目だけで振り返り、にやりと笑う。
ぼくも笑い返したとき、マックスの姿勢が、ぐにゃりと力を失う。
慌ててぼくはその肩を支える。
「マックス、大丈夫なの?」
「さすがに、疲れた。でも、ジン。見てみろよ、あれ。完璧だろ?」
満足そうにそうつぶやき、魔獣へと目を向けるマックス。
蝶の羽の形をした魔獣の角は、きらめく炎にまだ包まれている。
だが、魔力の肉体が持っていた魔力はすでに宙へと放散されていた。
肉体は灰のような色に変わりつつあり、崩壊がはじまっている。
「俺、……やれたぜ」
マックスはもう一度だけ、そうつぶやいた。




