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現代知識で魔力支援――魔力を感じる少年と最強エルフは世界を巡る  作者: ナカノフミト
第2章

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 ぼくも慌てて振り返る。

 前方へ歩みはじめるアスの背中の向こうに、影が見えた。


 森の奥から、ぼくらを見つめていた。

 パッと見た印象は、ヘラジカに似ている。

 四つ足で、かなりの大きさがある。

 黒く沈んだ茶色の体毛が、木漏れ日の降る森の中で、異質な存在感を放っている。


 オスカーの、横倒しになっている馬車よりも高い。

 三メートル前後の体高。

 その上、頭部から長く伸びる角がより、さらにその体を大きく見せていた。


 異形の角だ。

 真っすぐ伸びだした角が、根本で大きく反対側に方向を変えている。

 右の角は頭の左側の空間へ、広葉樹の枝のように大きく手を伸ばしている。

 反対に、左の角は頭の右側の空間を埋めている。

 遠方から見るとその形は、蝶か蛾が、大きく羽根を広げたのに似ている。


 二つの角の間に、奇妙な魔力の揺らぎ――いや、空間自体が揺らいでいる。

 葉の隙間を通して降る光線が、角の間の揺らぎを通り、そしてバラバラの方向へ飛び出している。

 空間は水滴の中をのぞき込んだように歪んでいる。


 ぼくも即座に魔力を展開させ、アスとマックスの二人に『ヘッドセット』を繋ごうとする。

 その瞬間、巨大な魔獣の全身が揺らぐ。


「消えた? ……いや」


 つぶやくアスが振り返る。ぼくもまた、その視線を追う。

 背後。少し離れたマックスとぼくらの間に、いつの間にかヘラジカ魔獣が立っていた。

 こちらには背を向けている。その視線の目前にいるのは――。


「マックス!」


 『ヘッドセット』が通じているか分からず、ぼくはそう声を上げる。

 顔をしかめる様子で、その音声が必要以上に伝わったことがわかる。


「……なんだ、こいつは?」


 マックスが戸惑いの声を上げる。

 魔獣はすでに目前まで迫っており、後ろ足で立ち上がる。

 踏みつぶそうとするらしいその前足には、魔力が込められている。


 援護は?

 そう思いつつ、アスへ目を向けるが、隣にいるアスはぼくに素早く首を横に振ってみせる。

 間に合わない。

 そう考えたとき、マックスの声が『ヘッドセット』を通じて、耳元に届く。


「二人とも、すぐに伏せてくれ。オスカーさんも頼むぜ!」


 ぼくよりも、アスのほうが反応が早かった。

 その両手でぼくとオスカーを押し倒すように、地面へと体を投げ出す。


 マックスが、覆いかぶさるように目前に迫った魔獣に向け、手を上方に伸ばす。

 その魔力は一瞬で強大に高まる。


「食らいやがれ!」


 その言葉と共に放出された魔力は、今日、すでに四度目なのにも関わらず、先ほど放ったものとほぼ同じ威力を持っていた。光の柱が瞬時に伸びる。

 直撃、のはずだった。


 だが、光の中に残る魔獣の影は崩れ落ちない。

 ぼくには背中を向けているその影の中で、角の間の空間がうごめいている。


 魔力の感覚に集中する。

 マックスから放たれた魔力が……届いていない?


 マックスの魔法は、ヘラジカ魔獣の間近までは確かな強度を保っている。

 だが魔獣のそばにまで来ると、その魔力は急激に失われている。

 その現象は、先ほどまで見ていた『境目』とよく似ている。


 その原因は、おそらく……マックスの魔法へと向けられた頭部――そしてそこから伸びる二本の角と、その間にうごめく空間。

 やがてマックスの放つ魔法の光は、最後にはまるで排水口にでも吸い込まれるように細くなり、角の間の空間の中央へと吸い込まれて消える。


「……マジかよ」


 依然として健在な魔獣を前にして、『ヘッドセット』を通じて届いたマックスの声が揺れる。

 立ち尽くすだけのマックスに向けて、再び魔獣が動き出そうとする。

 そしてそのとき、アスはすでにぼくとオスカーのそばにはいなかった。


「下がれ、マックス。援護する」


 呆然とした表情を見せながらも、マックスが声に反応して背後へ飛びのく。

 かばうような形でアスが入りこみ、構えた剣で魔獣の前足を斬り払う。


 魔獣の反応は悪くない。

 巨体ながら、前足を素早く引くものの、アスの方が早かった。

 続く一撃で肩口を狙い、魔獣の毛皮の一部がパッと散る。

 浅かったが、アスの剣は届く。

 ――不敵に、アスが笑うのが見えた。


 ぼくが『ヘッドセット』に呼びかける。


「マックス、合流しよう。ぼくらがそっちへ行くよ。距離を取っても意味がない」


「……ああ」


 それから、オスカーへ目を向ける。

 しかし、一緒に移動しようと思っていた彼の姿がそこにはない。


 慌てて周囲に目を向けると、オスカーはこちらを振り返りながら、彼が元々いた馬車の方向に走り去っていくところだった。

 ぼくと目が合ったことに気づいたらしい。申し訳なさそうな顔を作り、大げさに手を振りながら、木々の間へ消えていく。


 あの魔獣が使う魔法――先ほど見せた瞬間移動を見る限り、逃げ出すことは難しいだろう。

 オスカーの危険度は増す。

 だがオスカーがぼくらから距離をとることは、ぼくらにとっては悪い判断ではない。


 マックスのそばまで行くと、ぼくが一人であることに気づき、彼が顔をしかめる。


「オスカーのおっさんは戦線離脱か? だけど、俺たちの近くにいた方が安全じゃないか?」


「そう。でも、オスカーなりにぼくらに気を使ったのかも――ぼくらが心おきなく戦えるように。……もともとオスカーは、あの魔獣には狙われていなかったんだ。確かに、離れていた方がいいのかもしれない」


「商人のシビアな判断力ってやつか」


 ぼくはうなずき、それからアスへと目を向ける。

 つい先ほど、一撃を加えたアスは、身をこなしながら今も指揮棒のように軽やかに剣を振るっている。魔獣からの踏みつけ、あるいは大きく広がった角での薙ぎ払い――そうした攻撃は難なくかわし、反撃の剣を撃ち込む。


 劣勢には感じない。

 ……しかし、アスは攻めあぐねていた。

 一度、大きく距離を取って息をつき、アスが離れた場所に立つぼくらにちらりと目を向ける。


「……相性が悪いな」


 アスは相手の攻撃を捌き切っている。

 でもそれは、ヘラジカ魔獣の側でも同じだった。


 はじめの一撃を例外として、アスの攻撃に、魔獣は次第に慣れていったらしい。

 そして何らかのトリックもあるらしい。魔獣の身体からは常に魔力のうねりを感じる。

 そしてドラゴンすらもやすやすと葬る、アスの攻撃もかわし続けている。


「アス、相手の動きはどんな感触?」


「正直言って、不気味だ。距離が合わない、あるいは、剣が振り切れない――あの『境目』のように。ゆえに当たらない」


 外部からははっきりとは見受けられないけれど、相対するアスには感じるらしい、細かな魔力の行使があるらしい。

 『境目』を作り、マックスの魔法を吸い込み、瞬間移動をする――おそらく、空間に影響を与えるタイプの魔法が発動されている。


「だがマックス。魔獣の魔力だって、いずれ切れるんだろう?」


 アスのその問いに、マックスは首をかしげる。


「アスさん、そんなのわかりっこないぜ。魔獣の魔力切れなんて聞いたことがない。……だけど、そうなってもおかしくはないな。魔力は無限じゃない」


「なら、本当にそうなるのか、試してみよう。ヤツの攻撃は、私には当たらない。少なくとも、負けはない」


 アスはどこか楽しげな声だった。

 魔獣にとっては防戦ではあったものの、アスにとっては決して、追い詰められているというわけではなさそうだった。


 だがそのとき、魔獣が背後へ飛びのき、わずかにアスとの距離ができる。

 同時に、その角に強い魔力の反応――。


「おい、ジン、角が――」


 マックスの言葉は、最後まで言いきらなかった。角の間から膨らむように広がった、球形の空間の歪みが、ヘラジカ魔獣の体を瞬時に包む。

 次の瞬間、魔獣の姿はもう、どこにもなかった。


「……消えた?」


 アスが構えを解かず、周囲に目を向ける。

 それから、ぼくら三人も自然と目を合わせる。

 それぞれに目を森のあらゆる方向へ向け、いつの間にか背中合わせになっていた。


「どこだ? ……どこから襲ってくる?」


 マックスがそう、小さくつぶやく。

 周囲の森の様子に、さしたる変化はない。

 わずかな異常も見逃さないように集中する、三人分の呼吸音だけが聞こえる時間が十数秒続き、やがて、過ぎ去る。


 ふう、とマックスが大きく息をつき、それから、気の抜けた声を上げる。


「どうやら、逃げたようだな」


 一瞬、ぼくもそう考えた。だが次の瞬間、ぼくの頭をある可能性が貫く。


 魔獣には知性がある。

 かつてアスはそう言っていた。

 にも関わらず、ぼくはあの魔獣を、無意識のうちに現代の人間の価値観で測っていた。


 ……だが、魔獣は動物じゃない。

 人間と同等以上の知性を持っているとしたら――。


「違う、オスカーだ。あいつが狙うとしたら――」


 そのぼくの言葉をかき消すように、遠くから、何かが破壊される重く乾いた音が響いた。

 そしてそれは、オスカーが向かっただろう、あの馬車がある方向だった。

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