25
ぼくらを先導していたオスカーが、ふと立ち止まる。
「ここが、『境目』です」
オスカーが手を伸ばしたのは、何もない空中だった。
その足元には苔むした腐葉土が敷き詰められており、手を伸ばした先には、荒れ果てた岩山の斜面になっている。
オスカーの手が、宙で静止する。
その位置は、ちょうど森の地面が乾いた岩石の表面へと変わる線上だった。
「見えないけれど、何かがあるんです。押し戻されるわけでもない」
ぼくらは目を見合わせ、それからオスカーに倣って森と岩山の境目に立つ。
そして手を伸ばす。
……確かに、妙な感触だ。押し返されるわけでもない。
見えないだけの、固い何かにぶつかっているわけでもない。
その先が見えているだけで、実際には空間がそもそもつながっていないような、そんな圧迫感がある。
アスとマックスもぼくと同じように、境目に触れていた。
そうして、マックスは顔をしかめて自分の手を見つめ直す。
「魔力は感じないのかよ、ジン? こんなの、魔法でなけりゃありえんだろ?」
「そうだろうね。でも、今はすでに魔力は残ってない。オスカーさんが閉じ込められたのは、五日前って言っていたよね。たぶんそのときに、この魔法が使われたんだ。その影響が今もまだ続いているんだろう」
「斬ってみてもいいか?」
鞘を払うアスに、ぼくはうなずく。
オスカーも含め、ぼくらが後退するのを確認した後に、アスは自らの剣を空間の境目に振り下ろす。
……だがその剣も、空中で止まる。
何かを切り裂くでも、弾かれるということもなく、ただその先がない、そんな風に勢いを失う。
アスの腕に反動がきた様子もない。
「妙な感触だ。剣の勢いが吸い込まれるようになくなる。……斬る対象もなければ、振る空間もない、という感じだ」
アスが剣を鞘にしまい込むのを見た後、境目に近づいたマックスが、両手のひらで空間を押しながら、ぼくらを振り返る。
「……何でだよ。ついさっきだぞ、俺たちがここに入ってこれたのは? いや、待て……もしかして、俺たちの来たところは、例外なんじゃないか? あそこが出入り口とか」
ありえない話ではない、と思っていると、オスカーが首を横に振った。
「三日前に、わたしは救助を諦めました。行き先は告げていたのに、誰も来なかったもので。それで、この二日をかけてこの境目を一周、歩いてみました。……残念ながらどこも、ここと同じです」
オスカーの言葉に、ウソは感じない。
誤認がないとすれば、答えは一つだ。
「つまり、入れるけれど、出れない。そういうわけなんだね」
少しの間、ぼくらはその場に立ち尽くす。
やがて、オスカーが馬車の方向へと足を踏み出す。
「よろしかったら、食事にしませんか? 私は朝食がまだでして。みなさんもいかがです?」
※※※
アスが薪を割り、オスカーが魔力で火をつける――そうして出来た焚き火の煙を、ぼくは見上げていた。
上空はほぼ葉に覆われているものの、木漏れ日も届いている。
魔力でその葉をかき分け、煙の行く先を見つめる。
煙は空中に伸び、そしてある高さまで来るとその場に留まりはじめる。
それから、一方に緩やかに流れはじめる。
風は入り込む。だが煙は出られない。
どうやら、上方向にも逃げ場はなさそうだ。
そんなことを考えていると、不意にアスがぼくを見下ろすようにそばに立つ。
それから、ぼくと同じように空を見上げる。
「地面を掘っても、同じだろうな。下にも抜けられないだろう」
アスにうなずき返す。
球形か、四面体かはわからないけれど、とにかく三次元的に区切られているらしい。
「……さあ、みなさん。もう、こんなものしかありませんが」
オスカーが倒れた馬車から持ち出してきたのは、ほとんどが保存食だった。
固いパンに干し肉、漬物の類だ。
「でも、いいのかよ? こんな状況だ、食料は貴重だろ?」
たずねるマックスに、オスカーは首を横に振る。
「いいんです。こんな状況のまま、何もできない私が長く生き延びたところで、ここから出られそうにもない。……これでも商人です。投資すべき先は、貴方がたに、です」
「恩に着るぜ」
「もしも出られたら、その恩、お返しくださいね。あと、もしもあればですが、代わりに水をいただけると助かります」
マックスはうなずき、下げていた袋から、水の入った革袋を取り出す。
オスカーはマックスに微笑みかけた後、じっとその顔を見る。
「しかし、マックスさん? わたしと、どこかでお会いしたことはなかったですか?」
マックスが首をひねる。
心当たりはなさそうだったが、どこか居心地が悪そうだった。
「……悪いが、人の顔を覚えるのは苦手なんだ。会ってるかもしれないが、記憶にはないな」
ぼくはマックスから食料を受け取り、調理をはじめる。
リーダーだと呼ばれたときと同じく、調理を担うのがぼくであるのを見たとき、オスカーは妙な顔をしていた。
だがその顔も、出来た料理を食べたときには、ややほころぶ。
保存食は、いずれも水分を失った固いものばかりだった。
干し肉を鍋で熱し、スープにする間も、外部から魔力で肉自体に熱を加え続けた。
パンも同様に、スープで煮込む。
イメージは、焚き火の火種を作るときと同じ。
ただ今回の場合は、いうなれば『電子レンジ』だ。
「この五日で、保存食にすっかり飽き飽きしていると思ってましたが、これはなかなか……」
オスカーと同様に、アスもまた、いつもの幸せそうな顔で食事を続けていた。
一方、マックスの表情はさえなかった。
ぼくもまた、スープを口にしながら、考えていた。
一体ぼくらは、どうやったらこの空間から抜け出る事ができるんだろうか?




