21
「マックス、これを」
ぼくらは食事の準備を手早く終え、すでに食べはじめていた。
その段階でマックスに、ぼくが手渡したものは、昨日の午後のうちに用意していたヘッドバンドだった。
「……なんだ、これ?」
「つけておいて。ぼくの魔法に役立つ。マックスもあのとき、体験しただろう。よりぼくの魔法の精度があがる」
ぼくは自分のチョーカーについたリングを指し示す。
そのリングを確認し、マックスはアスのイヤーカフへも目を向ける。
マックスのヘッドバンドにも、同様に、ワンポイントとして小さな金属のリングがついている。
「なるほどな。このリングが、ジンの魔法の媒介になる、と。それで、実際のところ、作戦なんかあるのか?」
「単純だよ。マックスの魔法で追い込む。そしてアスが狩る」
スープを啜りながら、あるいは肉を噛みながら、ぼくはその作戦について説明をする。
狼たちの潜む山間の窪地は、へこんではいるものの大した高低差はなく、360度、どの方向へも移動が可能な構造になっている。
視認できる狼たちの数は、7匹。
一通り説明を終えた後、それまで幸せそうに食事を続けてきたアスが、剣士の顔に戻る。
「なら、ジンはマックスの後方に位置するんだな。そうだろう?」
アスにしてはオブラートに包んだつもりかもしれないけれど、ぼくにとってその意味は明らかだった。
マックスの魔法の精度には信用がおけない。そのニュアンスを、マックスが読み取ったかはわからない。
そんなアスの懸念は、払拭しておく必要がある。
「もちろん、そうなるよ。大丈夫、マックスと狼の射線上には、決して入らない」
「わかった。それに、マックスから離れすぎるなよ。私が守るには、遠い」
もちろん、承知していた。
相手は逃げ足の早い狼だ。
その狼の脚力が攻撃に転じたとき、ぼくに対処できるとは思えない。
「任せとけ。俺が守ってやるよ」
胸を叩くマックス。
だが、アスからすれば、マックスも不安の種の一つではあるはずだ。
複雑そうな表情をして、マックスにうなずき返す。
「時間を稼いでくれれば、それで十分だ」
「それぐらい、お茶の子さいさいよ」
そう胸を叩くマックスの魔力には、すでに揺らぎが生まれている。
自信があるのか、あるいは想定外の状況に対する不安か――その魔力の揺らぎは、魔力のないアスにはわからないはずだったけれど、その表情で何かが伝わったらしい。
心配げに、アスが続ける。
「……お前の魔力なら、十分に牽制にはなるんだろうから」
「そりゃ、そうだ。もちろん、軽く吹き飛ばしてやるのも可能だぜ」
噛み合っているのか、合っていないのかわからない会話を聞きながら、ぼくたちは食事を終える。
片付けを手早く終えた後、ぼくは魔力を展開し、二人に『ヘッドセット』をつなぐ。
「作戦開始だ。位置につこう」
無造作にうなずくアス。
一方、マックスは目を見開いていた。
「何だ、この魔法。まるで耳元で囁かれているみたいだ。俺の声も届くのか? ……それなら、いっちょやってやろうぜ」
「見えない糸でつながっているからね。物理的な力には強いけど、魔力で焼き切れるから、それだけ気をつけて」
「わかった、デリケートな魔法なんだな。狙い所には気をつけるぜ」
そうして、アスと共にマックスも、散開していく。
ぼくも山の尾根の方へと向かいながら、二人へと告げた。
「さあ、狩りの時間だ」
※※※
アスはすでに斜面を降り、こちらから見ると窪地の反対側――そして狼のいる窪地と襲いかかることが出来る場所へと位置している。
アスだけでも、一、二匹は狩れるだろう。
だが他の五匹は逃してしまう。
群れを一匹残さず狩るためには、やはりマックスの力が必要だった。
「マックス。奥側を除く三方向へ、君の全力の一撃を打ち込んでくれ。三連射は可能なのか?」
誘拐犯から子どもを助けたとき、マックスは天へと膨大な魔力を放っていた。
にも関わらず、疲れた様子はなかった。
念のための確認に過ぎなかったけれど、マックスからは自信有りげな声が返ってくる。
「全力だろうと、六はイケるな。三発ははっきり言って、余裕だよ」
「よし。それだけで、知性のある狼たちなら、もうその方向に逃げようとは思わないだろう。アスは、追い込まれた狼を順次狩ってくれ。対応が必要なことがあれば、ぼくが指示する」
「了解した」
「……しかし、お前たちって、アスさんが保護者と思っていたけれど、主導権はジンが握ってるんだな。どんな関係なんだ?」
その説明は難しい。
だが、あえて説明すればこうだ、という一言をぼくが放つ。
「家族だよ」
「私が助けられている。それだけだ」
ほとんど被せてくるように聞こえたアスの言葉。
それに対し、少しの間の後で、マックスが続ける。
「わかったような、わからないような、ってヤツだな。まあ、その辺も、おいおい聞かせてもらうぜ。長い付き合いになりそうだからな」
「そうだと嬉しいよ、マックス。さあ、はじめてくれ」
ぼくがそう指示を出す。
マックスは、ぼくから十メートルほど下の斜面で、狼たちを見下ろしている。
その魔力が高まる――マックスに出来る最高に一撃を放つために。
そうして、ぼくは気づく。
マックスの魔力の膨大さは、わかっていたつもりだった。
そして、あのとき天へと向けた一撃が、マックスの本気だと思っていた。
……だが、あんなもんじゃないのか?
魔力はその規模を超えて、高まり続ける。
十メートルほどの距離と高さを経ていてもなお、マックスの練り上げた魔力は物理的な圧力――まるで粘度の高い液体が周囲に満ちていくような――空間の変質を感じる。
それは予想外の驚きだった。
そして、それにはもちろん、デメリットもあった。
魔力自体を感覚として感じられるぼくのように、魔獣もまた、魔力そのものに敏感だ。
だから魔力のないアスの不意打ちが、魔獣には最大限の効力を発揮する。
そしていま、例え距離があったとしても、膨大な魔力を発する存在がいる。
――狼たちの目が、ある限度を超えて魔力を高めたマックスの方へと、一斉に注がれる。
そのうちの一頭が、すかさず合図のような遠吠えを発する。
「やばっ」
マックスがそう言葉を口にしたときと、群れをなしていた狼たちが一斉に、しかもバラバラな方向に逃走をはじめたのは、ほぼ同じタイミングだった。
「どこからでもいい、撃て、マックス!」
ぼくはそう叫んだ。




