18
ぼくは状況を把握し続けるために、魔力を展開させる。
イメージは、『糸電話』。
糸の片方は、あのマックス・グレイの首筋へと飛ばす。
そうしてぼくはその場を離れ、裏道の逆側の入口を探す。
グレイの声が聞こえてくる。
いつもよりどこかクリアじゃないのは、こいつの放つ魔力のせいか。
「……誘拐犯ってところか? おい、今ならまだ見逃してやるぜ? その子をおいて、とっとと失せな。あるいは、このマックス・グレイ様に、痛い目に合わせてもらいたいか?」
「動くな。こいつが、どうなってもい……」
その月並みなセリフが聞こえてきたとき、ぼくは裏道の逆側の入口に検討をつけ、走りはじめていた。
その入口へたどり着く前に、ぼくが『糸』を通じて感じたのは、突如として膨れ上がった膨大な魔力だった。
「それは、こっちのセリフだぜ? お前らは、どうなってもいいのかよ?」
今までに感じたことのない魔力量だ。
そして何よりも、いつ暴発してもおかしくない不安定さがある。
……こんな魔力を町中で放つ気か?
ぼくもまた、その魔法の射線上へ入り込むのを躊躇しつつ、裏道に入り込む。
二人組の男たちの背中が見えた。
その向こうで、グレイがこちらに手のひらを向けている。
そこに生み出されていたのは、魔力の塊だった。目で視認できるほどに密度が濃い。
二人の男も、明らかに動揺していた。
少女を押さえつけている方が、判断を仰ぐようにもう一人へと目を向ける。
「どうします? こんなのに狙われては、俺たちだって、ひとたまりも……」
「いや、待て。さっきこいつ、マックス・グレイと名乗ったな? ……知ってるぞ、あいつ。失敗続きの請負人だ。雑魚のゴブリンもまともに狩れねえはずだ」
ぼくはヘイワードのグレイ評を思い返す。評判の悪い請負人。
それなりに有名な奴らしい。
「……勝手に言ってな。そんなのは人の噂さ。これを見ても、まだそんな戯言を言えるのか?」
グレイの手の中の魔力が更に高まり、パチパチと空中にエネルギーを放ちはじめる。
……だが、ぼくにとってはその魔力量の増大は、単に不安定さを増したものとしか思えない。
そして、男たちがその不安定さを感じ取ったのかはわからない。
しかし彼らは、素早く目を合わせる。
「……ハッタリだ。あれが本物なら、ゴブリンなんて消し飛んでるはずだ。おい、やるぞ」
少女を捕らえている男に顎で何やら合図をしつつ、リーダー格らしい男がナイフを懐から引き出す。
そのまま、グレイへと手をかざし、魔力の炎が放たれる。
グレイに比べれば、大した魔力量ではない。
その魔法を後退して交わしつつ、グレイは不敵に微笑む。
「どうやら、こいつをまともに食らいたいらしいな」
「出来るんなら、やってみろよ。せいぜい、偽装魔法の名人なんだろう? 落ちぶれた請負人さんがよお」
男がナイフを懐から抜き出す。
グレイはその男にかざした手を向ける。――だが、魔法は放たれない。
「やっぱり、ブラフですよ。ロクに魔法を使えないんだ」
少女を捕らえた男が背後から声をかける。
後ろにニヤリと笑いかけ、リーダー格の男がグレイへとナイフを手にして迫る。
――潮時だ。
マックス・グレイというあの男が何を考えているのかはわからない。
だが形勢は、徐々に悪い方へ傾きつつあるように思える。能力を晒すのは、好ましいことではなかったけれど。
マックス・グレイにつけた『糸電話』の一部を変化させ、彼の耳元へと声を届かせるように加工する。
「……聞こえるか、マックス・グレイ。聞こえているのなら、うなずけ」
そう声を発しても、グレイに大きな変化は見られなかった。
ただ、何度かコクリとうなずく様子を見て、声が届いているとぼくは確信する。
「よし。ささやきでいい。そっちの声もぼくに届く。……なぜ魔法を使わない?」
グレイはナイフを持った男にゆっくりと迫られつつある。
後退しながら、ぼくへと返事をする。
「……時間を稼げば、それで十分だろ? 誰かが助けに来てくれると思ってたんだよ。実際、あんたが来た。だがこれ、どうなっている? あんた、どこにいるんだ?」
どこか状況を楽しんでいるかのような声。ぼくはその声を信じそうになる。
だがただ一つ、それを疑うべき理由があった。
「じゃあ、何でそんなに、魔力が不安定なんだ? あんた、撃たないんじゃなくて、本当に、撃てないんじゃないのか?」
しばらくの沈黙。
やがて、グレイの声。
「いいから、助けろよ。そっちは、嬢ちゃんを確保できるのか?」
「やれなくはない。だけど、まだ不確定要素が多い。ぼくは通りの奥の物影にいる。見えるか?」
マックス・グレイに手を振ってやる。感想は、一言だった。
「お前も、子どもじゃねえか」
「そのとおりだ。だがあんたを助けられる。わずかなスキでいい。あの子を確保している男から、意識をそらしたい。出来るか?」
正直に言うと、あまり期待はしていなかった。
失敗続きのマックス・グレイ。
あの膨大な魔力もハッタリなんだろうと、ぼくも思いはじめていたからだ。
「……それだけでいいんならな。お安い御用だ」
その直後、グレイが空へと手をかざす。
そして、声高に叫ぶ。
「ハッタリだの、ブラフだの、好き勝手に言いやがって。見たいのなら、コイツを見せてやるよ!」
そうして、魔力が放たれた。
その膨大な魔力が作り出す、強烈な光と魔力。
マックス・グレイの手から放たれたのは、まるで光の柱のように空へと伸びる魔力の塊だった。
それは――あのとき見た、ドラゴンのブレスにも匹敵する濃厚な魔力で、ぼくの魔力感覚を震わせる。
その余波を受けて、すでに『糸』は断ち切られている。
だが、ぼくは事前にその魔法が用いられることはわかっていた。
誘拐を企てていた男たち二人は、その瞬間、あっけに取られていた。
二人だけじゃない。人質の女の子もまた、そうだった。
頭上の光の柱を見上げている。だがその瞬間は、ぼくにとって何よりも好都合だった。
誰にも悟られることなく、ぼくは女の子を拘束している男のすぐ背後に回り込む。
……アスにように出来たらいいのにな。
アスならその一瞬で、二人の男を無力化出来ただろう。だけどぼくには出来ない。
だから、違う手法を取る。男のナイフを持つ手が、女の子の首筋から離れていることを確認して、そのナイフを蹴り上げる。
ポーン、と宙に浮いたナイフを見る間もなく、男の股間に全力の拳を叩き込む――あんまりやりたくないことだったけれど、子どものぼくにとってちょうどいい高さに狙い所があった――それからぼくは女の子に浴びせかけるように言う。
「逃げるよ!」
一瞬、女の子は怯えたような表情を見せたけれど、同年代のぼくの姿を見て落ち着いたのか、すぐにうなずき、姿勢を低くして走りはじめる。女の子を抑えていた男は、股間の痛みに耐えつつ再び捉えようと手を伸ばすが、宙に浮いたナイフへの意識がその邪魔をする。
結局のところ、背の低いぼくらはチョロチョロと裏道の外へとたどり着き、振り返ったときには、すでに二人の男たちはマックス・グレイと対峙していた。
グレイの手には、再び、あの膨大な魔力量。
……本音を言えば、ぼくはそのとき、自分の魔力感覚が信じられなかった。ドラゴンのブレスに匹敵する魔力を放った直後にも関わらず、また同等の魔力を放つ準備が出来るものなんだろうか?
マックス・グレイのその力は、異常なものに思えた。
あれが本当に、落ちこぼれの請負人なんだろうか?
「もう一回聞くぜ。雑魚ゴブリンもまともに狩れないと世に噂されている、このマックス・グレイの魔法、まともにその身で受けてみるかい?」
さっきの天へと向けた魔力の放出は、威嚇としても十分に優秀だったらしい。男たちはその場にヘナヘナと腰を下ろした。
そりゃ、そうだろう。現代でいえば、ロケットランチャーを眼前で放つと脅しているようなものだ。
そのとき、ぼくたちはすでに裏道の外へと退避していた。
そんなぼくと女の子に向けて、マックス・グレイは親指を立てて笑顔を向ける。
ぼくの頭の中には、その魔力量と同様に、疑問が渦巻いていた。
コイツ、あのバカみたいな出力を持つ魔法を使えるのに、なぜこんなチンピラみたいなやつに脅かされていたんだ?
しかし、あの魔力の不安定さ――まさか、あいつは『あんなの』しか出来ないのか?
だとすると、あいつは正真正銘のピンチを迎えていた。
なのに、その窮地を助けてくれた人間――つまりぼく――に対して、あんな堂々とした笑顔を向けられるなんてどういう了見だ?
さらに、マックス・グレイがぼくにその人差し指を向ける。
「助かったぜ、そこの金髪の少年よ。俺の天をも震わす魔法を見たか? あんなもん、誰もが消し炭だ。だけどまあ、お前の助けがなけりゃ、俺もちょっとした困難に直面してた、ってやつだよなあ」
そうして、あの悪人二人の目線がぼくに向く。
何も言わなきゃ気づかれなかったのに、余計なことを言いやがって。
そのとき、ぼくは確信した。
コイツ、常識がない――というか、ものすごくバカなやつなんだろう、と。




