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ヘイワードがとぼけた顔をする。
「いや、いい仕事ですよ。明るいうちに帰れる距離だし、街道の安全のためにもなる。ゴブリンはちょっと危険で厄介かもしれませんが、アスさんの評判もあがるのでは?」
「他の請負人が手を出してないってことは、ちょっと危険、ってレベルじゃないんだろう?」
ヘイワードが口の端にしたたかな微笑みを浮かべる。
「他の請負人にとっては、そうかもしれません。でもアスさんにとっては、ちょっと危険、とさえ言えないでしょうね。大丈夫、報酬だけ見れば、本当にいい仕事ですよ」
実際、これまでヘイワードが回した仕事はそう悪くなかった。
あれからほぼ毎日、アスは害虫駆除のような依頼ばかりを、ヘイワードの勧めに応じて受けている。
目的は二つ。
単純に、生活費を稼ぐため。
もう一つは、ギルドが寄せるアスへの信頼度を増すためだ。
ギルドでこなした仕事内容は、他のギルドにも共有される。
今のところアスは、ギルドとまともな取引は出来ないけれど、仕事は請け負える。
出来る仕事をこなし続けることで、曖昧なギルド連合の通達自体に疑問をもたせる狙いがあった。
そんなわけでここ数日のアスは、人に害をなす大蜘蛛や作物を荒らす魔獣の群れなんかを狩り続けている。
依頼そのものに、ぼくは口出しをしていなかった。それは、ヘイワードにもある種の信頼関係――もちろん取引先としての――を認めていたからというのもある。
「それよりも、ジンくん、今日は何をするのです?」
「……別に、普通だよ。買い物をして、アスを待つ」
ここ数日の活動をあえてヘイワードに教える義理もない。
「それもいいでしょう。でも、わたしの独り言も聞いておいてくださいね。いま、わたしたちとジンくんは契約して、このギルドに住んでいる。アスさんはあくまで君の家族です。ここまではいいでしょう」
ヘイワードの回りくどい物言いに、ぼくはその内容を先読みする。
「……また、『通達』があったのか?」
アスがギルドの利用を一切禁じる、ような通達が出たんだろうか。
そう想像したけれど、ヘイワードは首を横に振る。
カマをかけたつもりだったけれど、引っかからない。
そもそもヘイワードが、『通達』の存在を公にぼくに認めたことはなかった。
「何のことやらわかりませんが、……、もしもその狙いがアスさんだとしたら、今の形態を――特にジンくん、君との関わりで得ているものを――想定していたとは思えない。だから、今は抜け穴を使えている状態です。その抜け穴はいずれ塞がれる」
「つまり、時間は限られている」
「わかっているようですね。直近だと、十日後にギルド連合の定例会があります。……それで『取引先』の件はどうなりました?」
ぼくは肩をすくめてヘイワードの前を通り過ぎる。それが、痛いところだった。
今のところ、『取引先』に使えそうな相手は見つかっていない。アスとは話をして、大体の方針は決めていた。
だが、適する相手とは未だ会えていなかった。
自分の部屋に戻り、外出の準備をする。アスとは別の部屋を、ぼくはギルドから借りていた。
市場が開く時間が近づいた頃、ぼくは再び部屋を出た。
その声を聞いたのは、階下へ降りたタイミングで、だった。
「なあ、悪いけどさ、もっといい仕事はないのか? あるのはわかってるんだからさ、紹介してよ」
声を聞いたときから、妙な違和感があった。
どこかぶっきらぼうな声。だが決して、声質が特殊なわけじゃない。
ふと覗くと、ギルドの受付にヘイワードはもういない。若い女性職員に代わっている。
「また、あなたですか。だから何度も言ってますけど、ないんですよ。あなたに出せるのは、あそこの掲示板にある仕事がせいぜいです。だいたいね、グレイさん、あなたの成功率じゃ割のいい仕事なんて……」
「それはそっちの仕事だろ? 俺のせいじゃない。それに前はもっと、討伐系の仕事があったじゃないか」
グレイと呼ばれたその男は、長身と、深い青い髪の毛が特徴で、どこかみすぼらしい格好をしていた。
その男の声を聞いて、先ほどの違和感に気づく。
問題は声じゃない。魔力だ。彼が動作を起こすたびに、奇妙な魔力の揺らぎを感じる。
魔法でも使う気なのか? だがそんな様子はない。平行線の会話を横目に、ギルドの入口まで歩く。
建物を出て、門まで抜ける中庭にヘイワードがいた。ブラブラとヒマそうに散歩をしている。
「揉めてるぞ、ヘイワード」
顎でギルドの方を示すと、ヘイワードは眉をひそめて、入口の窓から中の様子を伺う。
その表情は、すぐに薄ら笑いに変わった。
「ああ、大丈夫ですよ。別に、いつものことです」
「あいつは?」
奇妙な魔力の揺らぎのことを口にすべきか迷い、結局のところ言わなかった。
ヘイワードは、ぼくの魔力が低いことぐらいしか知らない。
「マックス・グレイ。評判の悪い請負人ですよ。特に他の請負人と組むと、イザコザが絶えず、失敗することも多い。ソロでの討伐系は、成功率も悪くないんですが……」
そのとき、言外の妙な含みに、ふと気づく。
「今はアスがいるから、か」
「ええ。仕事が早いし、グレイに比べてスマートですからね。それじゃ、お気をつけて」
手を振るヘイワードにうなずき返し、ギルドの門を抜ける。
最初に向かったのは、市場だった。肉や野菜、果物が軒先に並んで売られている。
もちろん、それらの購入も目的ではあった。
だが、その市場を抜けた先の裏通りの店で、情報を仕入れるのも目的の一つだった。
だが――。
「お探しの請負人は、ちょっと見つからなかったね。ウチの街のギルドは、特にしっかりしてるからねえ。現役をやめてしまうと、すぐに登録も外されるんだよ」
そう教えてくれたのは、物腰柔らかな年配の男性だった。
そこは、食堂で知り合ったギルドの料理人が教えてくれた、情報屋だった。
現代で言う探偵事務所か、興信所のような場所で、依頼をすれば人探しも請け負ってくれる。
ぼくが探していたのは、以前は実績のある請負人だったが、今はほぼ活動をしていない、そんな相手だった。
それなら、ぼくらと利害関係は一致する。
ギルドとの取引の実態はぼくらが担うが、取引先の名前としてはその相手を使わせてもらう。
言わば、名義貸しだ。
そんな相手を探していたのだけれど、見つからない。
料金の支払いを終え、情報屋を出る。
この店でもダメだったか――。ため息をつく。
似たような業態の店はこの街にはいくつかあったけれど、すべて空振りに終わっていた。
特に情報屋の口に上るのは、ヘイワードのギルド運営のソツのなさだ。
よいことではあるが、今のぼくらにとっては足枷だ。
どうしたものか。
考えつつ、市場に向かう。
「……お前ら、何をしてるんだ?」
どこか、遠くからわずかに聞こえたその声が意識にのぼったのは、おそらく、声と共に奇妙に揺れた魔力の感覚のせいだった。
あの男だ。
マックス・グレイ。
「助けて、お兄ちゃん!」
「黙ってろ!」
最初に少女らしい声、その後に続いたのは荒々しい声。
それは、マックス・グレイの声じゃない。
その後に高まっていく二つの魔力反応を感じ、ぼくは声の方向へと足を向ける。
何かが起こっているらしい。
裏通りの、更に奥へ入った路地がその先にある。
その狭い道の中の様子をうかがったとき、見えてきたのはマックス・グレイの後ろ姿だった。
長身に、深い青い髪の毛。
彼の視線の先にいるのは、男たちが二人――ぱっと見たところ商人の装いだけれど、その顔は布で覆われている。
そして手にはナイフと、片方の腕の中には少女。
その口は男の手で塞がれている。
すでに魔力を高めているのは、そっちの二人だった。
……どっちが悪者かは一目瞭然だな。




