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「おはよう、アス」
ベッドで眠るアスにそう声をかけると、目を閉じたまま、小さくうなずく。
いつものことだ。起きていても、ベッドの中でゴロゴロとする時間が好きなのだ。
「朝食、もうすぐ出来るよ」
今度は目が開いて、アスは小さくあくびをする。
「美味しそうな匂いがする」
「今日は焼き魚だよ。後は野菜スープ」
うん、と小さく返事をしてアスは体を起こす。
あそこまで行けば起き出してくるだろう。放っておくとずっと寝続けるときもある。起きていてもなかなか活動モードには入らないこともある。
そんなアスにスイッチを入れるには、朝食の香りが一番効果的だと、ここしばらくの生活で学んでいた。
ベッドの上で体を起こしたアスの寝間着は、薄く白い布でできたローブが全身を覆っているだけの状態だ。
見ようと思えば体のラインもよくわかる。目に毒なのでぼくは早々に部屋を後にする。
「早く来ないと、冷めるからね」
そう言い残して部屋を出る。
廊下を進み、階下へと降りる。
そこにあるのはギルドの受付――最近はいつもそうしているように、ギルドマスターがヒマそうに頬杖をついてぼくを眺めていた。
「今朝も甲斐甲斐しい世話の焼きようですね、ジンくん。アスさんは起きました?」
「まあ、ね。そっちも、ギルドマスターのくせになかなかヒマそうだね、ヘイワード」
カイル・ヘイワード。それが、優男のギルドマスターの名前だった。
「この時間は大して人は来ませんからね。受付業務ぐらいならわたしにも出来る。経費削減ってやつですよ」
肩をすくめ、それからヘイワードが鼻を鳴らす。
「いい匂いだ。ジンくん、やっぱりウチの宿屋部門の料理長になりませんか? その方が君の未来が開けそうだけれど」
「ヘイワードよりも高給取りになれるなら、考えてみてもいい」
自分で言い出したくせに、しっしっ、とぼくを追い払うヘイワードをその場に残し、ギルドの厨房へと向かう。
そこには先ほど調理を終えたばかりの、焼き魚と野菜スープ、そしてパンが用意されている。
そしてもう一品、この数日をかけて準備をしていたものもあった。
ギルドの食堂のテーブルに配膳をしていると、やがてアスが現れる。
革製の茶色のジャケットにブーツ、そして薄い色のシャツ、動きやすいズボン。
いつもの傷だらけの剣を携えている、ギルドの仕事をする際の装いだった。
この街に来てから揃えたその装備を、仕事の際にはほぼ毎日、アスは身につけている。
「……ジン。それは?」
そんなアスが、ぼくの食卓だけに乗っている小皿を目で指し示す。さすがに目ざといな、と思う。
「漬物っていうんだ。保存食。試しに作ってみたんだ。塩とか調味料で野菜の水分を抜いて、腐らないように加工したものだよ」
「人間たちは、保存用に食物を加工すると聞くな。美味しいのか?」
ぼくは肩をすくめる。前世での祖母の姿を思い出しながら作った、シンプルな浅漬けの漬物だ。
白菜に似た野菜を使い、薄味に仕上げたけど、アスの口に合うかはわからない。でも、アスは試食を求めているんだろう。
小皿に少しだけ乗っていたその野菜をアスの器に分けると、アスは満面の笑顔を浮かべ、一口食べる。
なんで今まで、食べることに興味がなかったのだろう?
今のアスを見て、ぼくは不思議に思う。そうして、漬物をフォークで口に運んだ後に、彼女は神妙な顔をする。
「……柔らかいな。それに、思ったよりも甘い」
「保存食としては、イケるよね?」
「十分すぎるぐらいだ。他の野菜でも、試してみてほしいな」
ポリポリとその味を確かめるように、漬物を噛み、それからアスは焼き魚へと手を付ける。
何かを口に入れるたびに、嬉しそうに表情を変化させるアスの食事は、見ていて飽きない。
やがて、朝食を終えたアスが立ち上がる。
「美味しかったよ、ジン。……それじゃ、今日も行ってくる」
「うん。今日は何?」
「ゴブリン狩りだそうだ。街道から外れた洞窟に何匹か居付いてるんだとか」
「……また、割りに合わなそうな仕事だね」
ぼく自身はゴブリンを見たことがない。だが、一般的に悪知恵が働き、徒党を組んで悪さをするイメージがある。
「なんてことない。ただ狩るだけだから、むしろ私の得意分野だ。昼までには戻るよ」
アスの背中を見送った後、ぼくはいつものように残った朝食を片付けはじめる。
この街にたどり着いて十日。
大体、出来上がった生活パターンを今日もなぞっている。
あれからぼくたちは、ギルドの宿屋に部屋を借り、生活をはじめていた。
ギルドの請負人たちは、各地を回って歩くことも多く、それなりに大きいギルドは宿屋も兼ねている。
ヘイワードに頼んで、食堂の厨房も使わせてもらっていた。
料理人ももちろんいるのだけれど、ぼくの作った料理をアスが食べたいと言っていたから、というのもある。
条件は、料理人たちの邪魔をしないこと。食材は自分たちで準備すること。その二つだ。
キレイに片付けを終えて自分の部屋へ戻る道すがら、ヘイワードはまだ受付をやっていた。
「ヘイワード、アスにまた厄介な仕事を回したな?」




