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現代知識で魔力支援――魔力を感じる少年と最強エルフは世界を巡る  作者: ナカノフミト
第1章

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「それじゃ、ジン。無理はするなよ」


 アスは最後にそう言った。

 その声は、夕食前に試していた時と同様、クリアにぼくの耳へと届く。

 はじめての実戦でも、問題ないだろうと思えるほどだ。


「何かあったらすぐ助けを呼ぶよ。……それじゃ、まずは正面から。まっすぐ正面に3人。それから背後、北の方角に2人。アスの読み通りなら、他にも5人程度は伏兵がいるかもしれない。……ぼくの声、途切れたりしてない?」


「ああ。しかし、不思議な感じだな。耳元で囁かれているみたいだ」


 そう答えたアスの姿は、ぼくの視界にはない。

 ぼくはまだ、アスの自宅の中にいて、食べかけの食器類から離れ、寝室へと移動している。


 次いで、ぼくの耳へと届いてきたのは、風切音だった。

 アスの足音は聞こえない。

 その姿は見えないから、想像するしかない。

 アスは周囲を包む闇の中を、足音もなく、どれほど速く動いているのだろう。


 ぼくたちの音を伝達しているのもまた、魔法だ。

 『糸電話』の応用だった。ぼくとアスの間には、魔力の糸が張ってある。

 その糸をつなぐのは、アスの耳にあるイヤーカフと、ぼくの首元のチョーカー。

 双方にあるリングを基準にして、耳と口元に、音を拾い上げ、そして発するための機構が作ってある。


 イメージは、『ヘッドセット』。

 魔法で出来た、振動を拾い上げるデバイスが、ぼくらの耳元と口元をカバーし、互いの音を伝達する仕組みになっている。


「……いた」


 アスの声が再び届く。

 ぼくは指先に届く前方3人の動きをイメージする。

 クモの巣状に設置した魔法の糸は、多少引っ張った程度では切れず、伸び縮みする。

 3人はその『糸』が身体に引っかかっていることすら気づいていない。


「ジンの言うとおりだ。闇にまぎれて、3人。武装している。料理を分けてもらいに来たわけじゃなさそうだな」


 アスのどこか能天気な声がぼくの耳に届く。

 襲撃されている事実に対する恐れや焦りなど微塵も感じさせない。


「時間がかかりそう?」


「一人一秒かな。殺しはしない」


 その言葉の後、ドサッ、という落下音が3つ。

 悲鳴すら聞こえなかった。

 『糸』の反応もなくなり、アスの声が続く。


「まず、3つ。次は?」


「引き返して、背後の2人……いや、待って。これは……」


 ぼくは指先に意識を集中させる。

 魔法で出来た糸は、振動を通じて周囲の様子を伝えてくれる。

 だけど、そのすべてが読み取れるわけではない。


「さらに複数の反応だ。周囲を囲むように、あらゆる方向に、……アスの読み通り、おそらく5人。妙な動きだ」


「倒した3人も待機していた。何か狙いがあるらしいな。北にいた2人はどうする?」


 反応が多すぎて、『糸』の読み取りが難しい。

 だが、先ほどの2人は接近を開始したようだ。


「後回しで大丈夫だと思う。近くに来られても、隠れてやりすごすよ」


「了解した」


 アスが移動を開始したそのとき、『糸』に妙な震えが走る。しかも、ほぼ同時に。

 ……これは、魔力か?


「アス、ちょっと待ってくれ。周囲に妙な様子は?」


 アスから返ってきた答えは、あくまで冷静だった。


「確認できた。火矢――この距離なら、ボウガンだ。魔法で火をつけている。さっきジンが言った新手だ。囲まれて、撃たれている。私の家はすぐに燃えはじめるだろうな」


 その冷静さが、少なからず動揺していたぼくの心を鎮める。

 アスは日々、命のやり取りをしている。

 だからこの程度のことは日常なんだ。ぼくもまた、この日常に慣れなくてはいけない。


「消火に使えるものはアスの家にはある?」


「……消火は無理だろう。木で出来ているから、私の家はよく燃える」


 アスの返事は、わずかに遅れて聞こえた。

 どれほどの期間住んでいたのかはわからなかったけれど、それでも確かにそこは、アスの家だったのだ。


 つい先ほどまで、ぼくらはこの家で夕食を共にしていたのにな。その時のアスの笑顔を思い出す。

 アスの喜ぶ煮込み料理の香りが、この家には満ちていた。それが今や、焦げ臭い煙に包まれている。


「……今日の報酬と、オーブは確保しておくよ。他に持ち出しておいた方がいいものはある?」


「何もない。あえて言うなら、パンの余り、かな。明日の朝食が必要だろう?」


 空元気なのか、本当にそう思っているのか、声色だけではわからない。

 でもアスが言ったこともまた、正しいことだった。

 ぼくたちには、明日の朝食が必要だ。

 この戦いは、ぼくたちの勝利で終わるのだから。


「それよりも、ジン、撃たれるから、まだ家を出るなよ。私が合図するまでは踏ん張ってくれ。弓兵はすぐ処理する」


「わかった」


 会話をしながらぼくは、すでに寝室で作業をはじめていた。

 必要なのは、オーブと銀貨。

 そして今日ギルドから手に入れた契約書。

 寝室の道具箱に入れていたそれらのものを、銀貨の袋にまとめて背負う。


 かなり重い。この身体では、まともに走れそうにない。

 そして周囲は徐々に焦げ臭くなってきている。

 それからキッチンへ向かい、余っていたパンを確保していると、アスの声が届く。


「もう出られるぞ、ジン。弓兵は片付けた。ただ、気をつけろ。もうずいぶん燃えている。裏口側から出た方がいい。私もそっちに――」


 そこでアスの声が途切れる。ぼくも何度か『ヘッドセット』を通じて声をかけるが、もう届かない。

 『ヘッドセット』をつないでいた魔法の糸は断線したらしい。


 そのとき、ふと気づく。指先の『糸』も、もう感覚がない。

 家を燃やしはじめている炎は、魔法で着火されたものらしい。

 魔力のこもった火が、『糸』を焼き切ったんだろう。

 『糸』に改善の余地あり。

 だが、……。


「今はとりあえず、逃げるしかない、か」


 寝室から近い裏口へと向かう。

 銀貨の袋が重い。ヨロヨロと歩く。


 パチパチと、木の爆ぜる音がする。すでに家の中は煙に満ちはじめている。

 息苦しさと、襟足を焼くような熱さを背後に感じる。


 やっとのことで裏口を出て、黒い煙の中を進む。

 袋を背に担いでいるせいで、ぼくの両手は塞がっている。

 魔力で口を覆いながら進んだものの、清浄な空気と煙を切り分ける芸当は出来なかった。

 呼吸のたびにわずかな煙が入り込み、ぼくの意識を薄れさせる。

 濃くなりつつある煙が目にしみる。


 それでも、背中を追ってくる熱の量が徐々に減っていく。

 やっとのことで視界が開ける。


 黒煙に細めていた目をこする。

 ここまでくれば安全だろう。深く呼吸をし、銀貨の袋を地面に置いたところで、ぼくのすぐ頭上から声がした。


「見つけたぞ、ガキ。オーブはどこだ?」


 見上げた闇の中で、悪意に満ちた2人の目がぼくを捉えていた。


 油断していたな。

 予想以上に、その接近は早かった。

 身構えながらも、ぼくは考える。


 最後に残った2人の敵は、裏口の方角から近づいていた。

 そして放たれていた火矢が、アスの襲撃によって止まっていた。

 敵にも異常を察知するチャンスはあったわけだ。


 そこにいたのは、ザルディ。

 そしてケイン。


 アスの姿は、周囲にはまだ、見当たらなかった。

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