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現代知識で魔力支援――魔力を感じる少年と最強エルフは世界を巡る  作者: ナカノフミト
第1章

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 ギルドから受け取った正当な対価、銀貨100 枚。

 そのお金で食材を買っていかないか、と帰り道で提案してきたのは、アスだった。


「何せ、ジンはまだ、食べ盛りだ。そうだろう?」


 その提案は、間違ってはいなかった。

 だがどこか目の奥にきらめくような輝きを見せているアスに、それだけじゃないよね、なんて指摘するのは野暮に思えた。

 素直に、ぼくはその好意を受け取ることにする。


「いいの?」


「いいも何も、このお金はジンのものだろう?」


 じゃらりと銀貨の入った革袋を鳴らすアスに、ぼくはすぐに首を横に振る。


「違うよ、アス。そのお金は、アスが本来得るはずだった、正当な対価だ。だからむしろ、アスのもの、というか……」


「なるほど。つまり、私たちのもの、ということだな。私たちのために使おう」


 それからぼくらは好きな食材を買った。

 肉に野菜、調味料。現代日本のものと詳細は違えども、お金を出せば似たようなものをそろえることができた。


 それに加えて、ちょっとした装身具を買った。

 アスはイヤーカフ。ぼくはチョーカー。いずれも、シンプルなデザインのものだ。

 アスは自分には要らないと言っていたけれど、『今日の勝利のちょっとした記念』だと説明すると、安い金額のものの中から一つを選んでいた。


 それらの買い物の最中でも、気は抜かなかった。

 なるべく人通りの多い道を進む。時折立ち止まり、怪しげな姿がないか目を配る。

 少なくとも町中では仕掛けてこないだろう――そうは思っていたものの、警戒は解かないまま、町はずれにあるアスの家へと戻った。


 料理はもちろん、ぼくが作った。

 銀貨を数枚使って得た食材で、ぼくは簡単な煮込み料理を作った。肉の筋繊維がほぐれるまで、野菜がわずかに煮崩れする程度まで、しっかりと煮込む。

 味付けは、同じく銀貨で調達した調味料だ。

 一通り味見をさせてもらって、ぼくの舌に合う香りのものばかりを選んである。


 香りが立ってきた段階で、アスは目を丸くして鍋を覗き込んでいた。


「嗅いだことのない匂いがする。そして、すごく美味しそう……」


 エルフは効率のいい生物だ、あまり量を食べなくてもいい、とかつてアスは言っていた。

 だけど今やアスは、食べなくてもいいはずの食事に興味津々だ。

 まともな食事をしてこなかっただけに、かえってその興味と欲求は強いのかもしれない。

 それならやっぱり、これまでこの町のギルドがやってきたことは罪深いわけだ。


「ジン、もう食べられる?」


 鼻をひくひくさせながらそう聞いてくるアスは、これはもう、食いしん坊、といってもいいぐらいかもしれない。


「……悪いけど、アス。これは煮込めば煮込むほど美味しくなるんだ。だからもう少し時間がかかる。でもその間、アスにはやっておいてもらいたいことがあるんだ」


 ぼくのその声色で、どんな種類の提案か想像がついたのか、アスの表情がきりりとしたものに戻る。


「準備の類か」


「そう。あとは、いくつかの実験とね」


 ぼくは目線を積んである薪へと向ける。

 それからぼくの意図を説明すると、アスはすぐに了解し、作業をしに家の外へと姿を消す。


 それからぼくは鍋を見つめる。

 ぐつぐつと煮立っているスープは、きっとアスの作業が終わるころには、食べごろだろう。


「もう少し、香りを立たせてみようかな。そうすればきっと、帰ってきたとき、アスが喜ぶ……」


   ※※※


 夕食時、アスが宝石のような深い青い瞳を細めながら、煮込んだスープを口に運ぶ。

 何も言葉には出さなかったけれど、飲み込んだ後の吐息は満足げで、ぼくもまた彼女のそんな反応が嬉しかった。


 そしてぼくもまた、すっかり空腹だった。

 ここ数日は粗末なパンだけだった。それがいま、満足に食べられる量の食事が目の前にある。

 長い間、感じたことのない食欲を覚えていた。


 それもそうだろう。

 異世界で目覚めたときに宿っていたこの体は、正確な年齢はわからないけれど、まだ10歳程度だ。


 小柄で、筋肉が全体的に足りない、痩せっぽちの体。鍋から食器へ煮込み料理を取り分けて口へ運ぶ、その手の大きささえ、かつての自分と比べると物足りない。


 だけど全体的に、ビジュアルはいい。

 金色の巻き毛に、青い瞳。

 整った顔立ちで、現代日本で生きていた頃のぼくに見せてあげたいぐらいだ。


 だけどこの体は、この世界においては大きなハンデを負っている。

 魔力がほとんどない、ということだ。


 メリットもある。

 弱すぎる魔力のおかげで、魔法を使っても他人に気づかれない。

 それに、この体は魔力に関しては人一倍敏感らしい。魔力そのものを感じ取ることもできる。

 でも、戦う力という点では、ぼくは一切持たないといってもいいぐらいだ。


 もし、アスという存在がいなかったら。

 ぼくは文字通り命をアスに助けられた。

 それは、今でも同じだ。生きることを、ぼくはアスに依存しているとも言える。

 だから出来る限り、ぼくは彼女を支えなければならない。それがたとえ、彼女の意に染まないことだったとしても。


「アス、この町のギルドじゃダメだ。別の町……もっと、大きな街へと行こう」


 ぼくがそう提案したのは、食事の最中だった。

 もし、反対されたらどうしよう。そんな思いもあったのだけれど、この家を離れて街へ行く案を、アスは肯定も否定もしなかった。

 ただ、不思議そうに首をかしげた。


「なぜ?」


「今日でよくわかった。この町のギルドはアスを搾取していただけだ。でも、今日のような手は二度と使えないし、今後、この町のギルドは、ぼくらを締め出すだろう。取引自体が望めない」


「今日のようにドラゴンの牙を売り続けられるといいのにな」


 そう口にするけれど、アスもまた、わかっている。もうできない、というニュアンスがその言葉には込められていた。


「残念だけど、不可能だ。大体、このままじゃ終わらない条件が揃いすぎているよね。町はずれ、人目につかないところで一人で暮らしていたエルフと、最近現れた、素性の知れないガキ。奪われたも同然の銀貨100枚と、それよりもはるかに高価なドラゴンのオーブ。……あのギルド、アスの強さは、どこまで信じているかな?」


 アスは食器に残ったスープを口に運ぶ。あ、コレ美味しい、と一言嬉しそうにつぶやいてから、冷静な声色に戻る。


「理解はしているつもりでも、想像ができないかもしれないな。ドラゴンを目にした人間の方が少ないはずだ。……それに、これでも私は、正当なギルドの仕事の請負人だ。手段を選ばず、不法な手段を使うのなら、動かせる人間は限られる」


「ザルドとケイン。他に不正に関わっていた、ギルドマスター側の人間?」


「せいぜい、10人程度」


 アスが言い切ったそのとき、ぼくの右手の人差し指にピン、と冷たい振動が走る。

 感覚器としては、ここが一番敏感な部分だ。

 魔力の糸をここに付けていたのは正解だった。


 その振動と共に、料理で温められていたはずの、ぼくの心も徐々に冷めていくのを感じる。

 予測していた通りのことが起こっている。

 だからこれからは、一瞬の判断が生死を分ける。


「……来た」


 ぼくは右手の人差し指を振って、アスに示す。

 その指先からは、魔力の糸が伸びている。


 食事前、アスにしてもらった準備は、同心円状に三列、薪を使って作った小さな杭を打ってもらったことだった。

 その薪には、それぞれ、ぼくが魔法で作った『糸』が通してあり、蜘蛛の巣のような網を作り出していた。

 一番外の杭は、家の周囲、半径百メートル程度を一周している。

 そのセンサーに、いま、獲物がかかった。


 アスが名残惜しそうに鍋の中のものを見る。

 煮込んだ料理は、まだ半分近く残っている。

 ため息をつき、剣を手に立ち上がる。


「ジン、私はいまはじめて、人間のしたことが許せないと感じているよ」


「穏やかな話し合いを望んでくるかもしれないよ?」


「だとしても、料理を冷ましたことは、それだけで罪だ」


そのとき、最初の反応とは真逆の方向からも、魔力の糸が揺れる感覚がある。


「アス。どうやら、複数方向からの襲撃みたいだよ」


「それなりに評価をしてくれているわけだな。人数は?」


 そうつぶやくアスはすでに、ドラゴンと対峙していたときのような、冷たい目をしていた。

 もう、先ほどのような冗談を口にする雰囲気もない。


「入口方向に3人。真逆に2人。なかなか、工夫をしてくるみたいだね。魔力の糸がわかっているとは思えないけど」


「問題ない。一つずつ、潰す」


 アスは傷だらけの剣の鞘を払う。

 そしてアスは、自分の左耳――エルフの長い耳――に触れる。


「ジン、例のやつ、試すんだろ?」


 そこには、今日買ったばかりのイヤーカフがついている。シンプルな、銀色の輪だ。

 ぼくもうなずき、自分の首に巻いたチョーカーに触れる。そこにも、似たような銀色の輪がついている。


 デザインを合わせたのは、わざとだ。

 物理的には、あまり意味がない。

 だけど、魔法は違う。イメージがものを言う。


 ぼく自身は、戦えない。だけどぼくにも、できることがある。機能することは確認済みだけれど、実戦で有用なのか、まだわからない。

 せめて、アスの邪魔にならなければいいなと、そう思っていた。

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