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ザルディが、目を見開く。さすがに驚いたらしい。
「……どういうことだ? お前ら、何を言っている?」
「どういうことも、こういうこともないだろう? 契約書にはこう書いてある。『オーブの売却について』。だけどぼくらの持っているこれが本物のオーブであるのか、正直いうと、ぼくには確信がない。大トカゲのオーブかもしれない」
「待てよ。さっきお前たちは……」
ザルディが全てを言い切る前に、ぼくが言葉を重ねる。
「ぼくらが確信しているのは、ドラゴンの牙だ。間違いなく本物だ。だが、オーブについてはわからないんだ。確信しているのはあんただけで、ね。……そこに認識の違いがあるようだな」
そうして、ぼくは決定的な言葉を重ねる。
「ぼくらは大トカゲのオーブを、ドラゴンのものだと偽って売るわけにはいかない。だから、この契約は結べない」
「……それなら、ドラゴンの牙はどうなる?」
「この締結済みの契約書に書いてある通りだよ。あんたはさっき、自分でドラゴンの牙が本物だと認めたじゃないか。契約は履行されないとな。銀貨100枚、すぐに用意を」
再び、ザルディの拳が、素早く振り上げられ、そしてカウンターの上に叩き下ろされる。
鈍い音が静まり返ったギルド内に響く。
「ガキが。そんな理屈が通るとでも?」
安い威圧だ。
「逆に聞こう、通らないとでも? 確かにアスはこのギルドからオーブの依頼を受けた。だから売るのはあんたたちに、だ。でも、売らないのは自由だろう?」
返答は、すぐには来なかった。
ぼくはケインに目を向ける。
「ケイン、ドラゴンの牙の代金、銀貨100枚だ。契約書通りの仕事ぐらい、出来るんだろう」
ケインはザルディの顔色を伺う。
ザルディは浮かない顔をしてみせたが、やがて、顎でぼくらを指し示した。
「払ってやれ」
「でも……」
「構わん」
ケインがおどおどとしながらも、扉の奥へと姿を消す。
ザルディは鋭い目でぼくを睨み続けている。
その瞳の奥でうごめいている思考には、だいたい見当がつく。
ケインが布の袋を持って現れる。
カウンターに置かれたその袋が放つ音には重量感があった。
中を改める。人々の手を介して、少しくすんだ色を放っている銀貨。
現代の五百円硬貨よりも二周りは大きい。
そして、重い。
オーブの対価ほどではない。それでも、切り詰めれば1年近くはまともな生活を送れるお金だ。
そもそもアスがもらうべきだった、正当な対価。
中身を改めるまでもない。
このギルドにこれ以上の不正を行う度量はないと、ぼくは確信していた。
銀貨の入った布袋をカウンターから持ち上げようとして、バランスを崩す。
数キロはあるだろうその袋は、子どもの体には重すぎた。
アスが、そんなぼくを支えてくれる。
「私が持とう」
「……助かるよ、アス」
軽々とその、数キロはあるだろう袋を持ち上げると、中を覗き込んだアスは小さく、感嘆の息をつく。
「これで、パンはいくら買えるんだろう」
ちょっと食べ切れないほどだよ、アス。
そう言いたい気持ちを抑えつつ、ぼくはカウンターへ背を向ける。
すでに取引は終えた。
もうこのギルドに用はない。そう思っていると、不意に背後から声がかかった。
「覚悟は、できているんだろうな?」
月並みな問いかけだった。
覚悟は、この店に入った時点で、ぼくらはすでに決めていた。
「夜道には、気をつけた方がいいとでも?」
「ここは、大きな町じゃない。このギルドは零細だが、この町のルールの一部でもある。お前がせしめた銀貨100枚は安い金じゃない。ギルドの運営にも必要な金だ。じゃあ、俺たちはどこで、その埋め合わせをするんだ?」
「そもそもが、アスから搾取して得た金だろ。そう大層なものじゃないはずだ」
「いいや。金はいつだって御大層なものだ。それを、お前は俺たちから取り上げたんだ。何があってもおかしくない」
「後悔するなら今のうちだぞ、というわけか? ご忠告、痛みいるよ」
そう軽口を残し、ぼくらはギルドの出口へと向けて、歩きはじめる。
ザルディから向けられる強い視線は、もはや相手にしない。
ギルドを出た後、アスがふとギルドを振り返りながら、口にする。
「一ついいか、ジン。結局、このオーブ、売らなくてよかったのか? あの依頼も、相当な高額だったはずだ。なにせ、最難関だったからな」
ぼくはその素朴なアスの物言いに、つい笑ってしまう。
「いいんだよ、アス。ドラゴンの牙を買い叩いていたギルドだ。そんなギルドが提示する金額が、価値に見合うとは思えない。もっといい使い道がある。そう思えるんだ」
「それは、任せる。……だが、ケインたちの敵意は感じた。私たちは、間違っていないのか?」
素早くあたりに目を配りながら放たれたアスのその言葉に、ぼくはすぐには答えない。
ギルドの建物へ、再び目を向ける。
入口の門の上には看板があり、ギルド『銀の天秤』の名を示す、銀色に輝く天秤が描かれている。
残念ながら、天秤の意味する公正さは、このギルドにはない。
「アス。ただ大人しく、誰かの言うなりになっていることが正しいとは、ぼくには思えない。……言っておくけど、パンに値する仕事がダメだ、っていうわけじゃないからね? アスはもっと、価値のある仕事をしていたというだけで」
「正当な評価を知らない、私が悪いとも言えるのか」
アスは少し残念そうな口調でそう言う。
「違うよ、アス。君には学ぶ機会がなかっただけだ」
アスはじっとぼくを見つめ、そっと微笑む。
それから、不意に顔を引き締める。
「あれで終わるとは思えないな」
そう、それはぼくも同感だ。
「問題は、どこで仕掛けてくるか、だ」
アスが大きくうなずく。
どうやら、ぼくらの見解は一致しているようだった。




