第22会 消滅と誕生の輪廻
そういえば、最近彼女の部屋に行ってないな。
夢が安定しないし、あの部屋への行き方も忘れた。
暫く無理をしたせいか、寝る事の難しさを体感する。
久しく夢を見たかと思えば、悪夢らしい悪夢だったり。
死に逝く者と感覚を共有する夢、最悪だった。
起きた時には表情が相当強張っていたのか、妻に心配された。
もう彼女に会えないのか―。
そう思って気付いたら寝ていた最近。
どうやら行ったらしい。
「で?何でこんなに来なかったか聞いてもいいかしら?」
意地悪で言っているわけではなさそうだが、少し怒っているようにも感じる。
「寝方を忘れた。」
「休みなさい、すぐ無理するんだから。」
「ごめん。」
「まぁ、いいわ。
無理をするのは今に始まった事ではないからね。
で、先日あなた魔法使って遊んでなかった?」
「夢のコントロールが利いたのは久々でね、つい遊んでた。」
「まぁ、それも疲労から来ているんだけどいいわ。
その魔法をどうやって使えたかはー、……分からないわよね?」
「どうやって?って?」
「精霊を使役しないと本来は魔法何て使えないのよ。
今回は意図的に使役するからちょっと付いてきなさい。」
「ほいほい。」
行きつく先はいつもの訓練部屋、記憶の回廊最奥の草原。
いつ来てもここの風は気持ちがいい。
「じゃ、やってみて。」
何も準備していないんだが、いいんだろうか?
「えーと。」
「ひとつ、言っておくわ。」
「ん?」
「照れや恥ずかしさを表に出すと精霊に舐められて暴発するわよ。」
「あぁ、前回魔法がポンポン打てたのはそういう……。」
剣か杖が欲しいな。
二刀があるけど、威力が分散してしまうだろう。
「リーフェ。」
「なぁに?」
「ちょうどよさそうな剣か杖ない?」
「ここ、どこだと思ってるの?
念じなさい、自分で理想の武器が出せるはずよ。」
「んー……。」
念じてみて出て来たのは、なんだか頼りないショボい剣。
「なんじゃこりゃ。」
「心が疲弊しているのね、まぁやってごらんなさいな。」
「んー、夢では思考がまとまらないな。
何だったっけ。」
「魔法を貯める呪文と、放つ呪文使ってたでしょ?」
「ごめん、呪文名を忘れた。」
「ルーンクラストで魔力を貯める、精霊の方向性を指示。
ペールブラスターで発射。」
「あぁ、そうだった。
……ルーンクラスト!」
剣が輝き、魔力が集まっているのが分かる。
「振りかぶるんだっけ、突き出すんだっけ?」
「どちらでもいいわ。」
「突き出すか。
ペールブラスター!」
輝きが剣先に集中し、一気に魔力が放射される。
ドーン!と音がしたと思ったら……。
「ぎゃーっ!山、吹き飛ばしちゃった!」
「もう滅茶苦茶ね……、夢が安定しない割には威力が神様クラスなのよ。」
「じゃー、リーフェはどうなのさ?」
「んー?……そうね。
ルーンクラスト。」
キキキキ……、と甲高い音を立てて彼女の指先に魔力が集まってくる。
「はい、ペールブラスター。」
バァン!と破裂音と共に一気に魔力が天を駆け抜けていく。
光の線は雲を切り裂いて消えていった。
「リーフェの方が強い!うわあああん!」
「あのねぇ、分かってないようだから言うけれど無属性魔法よ、これ。
精霊使役魔法で無属性、一部詠唱魔法なんだから差が出るのは当然。
私が何年生きてると思ってるのよ。」
「そうかー、風魔法ではないんだ……。」
「まぁ、風でも私の方が上でしょうけどね。」
「リーフェの意地悪ー!」
「無茶言わないでよ、手を抜いたらあなた怒るでしょ!?」
「だって。」
「だってじゃない、いい大人が。
言い訳しない。」
「リーフェだって、大魔導士じゃない。」
「まぁ二千年以上も生きていればね。」
「ところで二千年で思い出した。」
「ん?」
「アストテイル君、どうしてる?」
「知らないわ、多分誰かのお役目をしてるんじゃないかしら。」
「リーフェみたいに?」
「そうねぇ。」
「概念的な……、何かか。」
「概念だけで言うならあなたにもショックな出来事はあったでしょう?」
「リーンの事だね。」
「……夢日記を遡って書き換えなきゃいけない程、残酷な事が起きた。
結果、あの子は概念から消滅した。
あまりに酷過ぎて書けないくらいにはね。
言葉上でしか今はあの子は存在できない。」
「ちょっと思い出したくないな、それ。」
「ごめんなさい。」
「謝らなくていいよ、リーフェは悪くない。
そんな夢を見た僕のせいだ。」
「歴史改変をしてまで助けてあげたのに、こんなことになるなんてね。」
「罰が下ったのかも知れない、歴史改変のね。」
「でも私は?エシェンディアは助かったのに……。」
「一回目のしかも過去の歴史改変だ。
今に影響がないならそれは容認されたのかもしれないね。
でもリーンは違う。
あの子の存在を書き換えたんだ、しかも今のね。
だから今に通じる現実世界で排除が起きた―。
あの悪夢、感覚は自分の痛みとして覚えておくよ。
それがあの子へのせめてもの償いだ。」
「子供、嫌いじゃなかったの?」
「嫌いさ、だから子供は僕にはいない。
でも夢の中でもふと現れた子なら大切にしようと思ったんだ……。
けれど、その子が抹消されたならそれもまた受け入れなければ、と思うよ。
……子供なんて、大っ嫌いだ。」
「あなたにこそ、子供は相応しいと思うんだけれどね?」
「無理かなー、環境が悪いや。」
「じゃあ、その環境が整うなら子供はいい?」
「ちょっと遅かったね。」
「……そう、よほど奥さんが大切なのね。」
「好き好きで一緒になるのにリスクしかない事出来ないよ。
結婚してもう13年過ぎた。
若くして結婚したけど、流石にね。」
「ひとつ意地悪なこと言ってもいい?」
「いいよー。」
「いい訳にしてない?」
「してるかもね。
でもそれを作るも受け入れるも結局は自分じゃない?
だって他人は助けてくれないんだから。
計画性のないことは出来ないかな。
そういう意味では覚悟の無い弱い人間と言われても否定は出来ない。
環境を抜きにしてもさ。」
「じゃあ、こうしましょう。
リーンに手向けとしてペールブラスター。
私みたいに天に放って。」
「どこぞの漫画みたいになりますね。」
「いいからやる!」
「……ルーンクラスト。」
ショボい剣はいつの間にか消滅していた。
指先に魔力が集まる。
バリバリバリ!と雷のような音を立てている。
「ちょ、ちょっとあなた……!」
「見てるかリーン!
君への手向けだ!
ペールブラスター!」
リーフェよりも一際大きな爆発音を立てて魔法が発射。
キーン……、と音を立てて雲を消滅させながら光が天に向かって貫いていく。
「あなたの魔法はほんっと、感情に左右されやすいわね。」
「僕が、殺したんだ。」
「それは違うわ、逆よ。
それを捻じ曲げたからあの子は今まで生きて来られた。
母親のサーリーンもね。
返して言うなら歴史改変をしなければもっと前に来ていた消滅よ。
あなたがここに来れなかったのは無理もあるけれど、一番はリーンの事を思い出したくなかったからじゃない?違う?」
「分からないなぁ、僕はリーンを幸せには出来なかった。」
「……ふふ。」
「リーフェ?」
「あの子が消える時にね、伝言預かってるのよ、私。」
「え?伝言?」
「そう、あなたへのね。」
「怒ってたでしょ。」
「私を生んでくれて、ありがとう。だってさ。」
「怒ってよ……、余計につらい。」
「あの子は双葉や陽菜と同じで純粋にあなたの思考から生まれた子だからね。
死ぬ時だってあなたの思考なのよ。
感謝こそすれど、恨んでは逝かないでしょう?
あなたにだって過去の後悔はあるじゃない、ずっと抱えてる。
普通の人なら忘れちゃうだろうにね。」
「……。」
「さ、お茶にしましょう。」
「うん。」
久々に飲んだ紅茶は、どこか単調で寂し気だった。
……これで、よかったのだろうか。
答えは、分からない。
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