第6話:営業二課の平社員、防衛省へ出張する
「——というわけで、佐々木君。君は本日付で我が省の『特別防衛顧問』として出向扱いとなる」
整えられた防音室の中、重厚な革張りソファに腰掛ける男——防衛省の幹部が、深刻な面持ちで書類を差し出してきた。
あの初日の惨劇から、わずか二日。
都心のど真ん中で「音速の怪物四頭を一人で撃ち落とした平社員」のニュースは、表向きには伏せられたものの、政府と防衛省の上層部を激震させていた。
俺の隣には、警察の取調室からそのまま連れてこられたような山本課長が、小さくなってガタガタと震えている。
「あ、あの……防衛省様。うちの佐々木が何か凄まじい国家機密に触れてしまったのでしょうか……? 納品遅れなら私が謝りますので、どうか命だけは……!」
「落ち着きなさい、山本課長。罪を問うているのではない。むしろ逆だ」
防衛省幹部は眼鏡の奥の目を鋭く光らせ、モニターに映し出された防犯カメラの映像を再生した。
そこには、スローの世界でぬるりと敵の攻撃をかわし、正確無比に銃弾を叩き込む俺の姿が克明に記録されていた。
「警察および自衛隊の解析班が、この映像を100倍スローで検証した。……結果は『解明不能』だ。君の回避行動は敵の攻撃が届く0.05秒前に行われ、射撃はすべて敵の解剖学的弱点に寸分違わず着弾している。……佐々木君、君は一体何者なんだ?」
部屋の中に漂う、息の詰まるような緊張感。
普通なら冷や汗をかくような状況だが、俺の頭脳は冷静そのものだった。
(さて……どう言い訳するかだな)
正直に「3年後の未来からタイムリープしてきました」と言っても、精神病院に送られるのがオチだ。
かといって、「ただの偶然です」で押し通せる映像ではない。
俺は姿勢を正し、営業マン特有の「真摯で誠実そうな笑顔」を浮かべた。
「……実は、極限状態になると、相手の動きが『コマ送り』のように遅く見える特殊な動体視力がありまして。あとは昔から、対象の動線やデータの『不備』を見抜くのが得意だったんです」
「動体視力……と、データの不備だと?」
「はい。例えば……今、幹部がお持ちのその『第一波・被害状況報告書』ですが」
俺は幹部が手にしていた厚い資料を指さした。
「3ページ目の敵降下ポイントのマップ。あれ、次の第二波の襲来予測と『ズレ』てますよ。彼らの進軍ルートはランダムに見えて、高度1万メートル上空の磁場データと連動しています。あと三時間後に、横須賀基地沖に『第二波・大型種』が落下します」
「な……ッ!?」
幹部が目を見開き、弾かれたように立ち上がった。
そう、1周目の記憶だ。
開戦二日目の夕方、人類は横須賀沖から上陸した『巨大甲殻種』によって首都圏の海上防衛網を完膚なきまでに破壊された。
あの時は防衛省の予測が完全に外れ、初動が遅れたのだ。
「ば、バカな! 統合幕僚監部のスーパーコンピュータによる予測では、第二波は内陸の埼玉方面と——」
「埼玉は囮です。彼らはまず、人類の海上補給ラインを潰しにきます」
俺は静かに、しかし確信を込めて言い切った。
「信じられないなら、今すぐ横須賀へ沿岸警備大隊と重火力砲兵部隊を配置してください。……あ、それと」
俺は机の上の缶コーヒーを手に取り、ふぅと息を吐いた。
「現地には、私用の『一番デカくて長距離が狙えるライフル』を一つ用意しておいていただけますか? 営業のついでに、ちょっと『出張』してきますので」




