第3話 あくびが出るほどノロい怪物
窓ガラスが激しく震えた。
「な、なんだ!?」
「外を見て!」
社員たちが窓へ殺到する。
俺も外を見る。
一分前まで平和だった街が、地獄へ変わっていた。
高層ビルが崩れ落ちる。
車が吹き飛ぶ。
人々が逃げ惑う。
そして――空。
黒い影が、幾重にも交差していた。
『キシャアアアアアッ!!』
巨大な蜂のような怪物が、音速を超えて飛び回っている。
警察の銃撃など当たらない。
パトカーが切り裂かれる。
自衛隊のヘリが撃ち落とされる。
「逃げろ!!」
誰かが叫んだ。
社員たちは一斉に非常階段へ殺到した。
俺もその流れに乗り、ビルの外へ飛び出す。
そこは、完全な地獄だった。
「助けて!」
「早すぎる!」
「見えない!」
上空から怪物が急降下してくる。
隣を走っていた男が、悲鳴を上げた。
次の瞬間――
ドクン!!
脳の奥が熱くなった。
『クロノ・ヴィジョン』。
世界から音が消える。
逃げ惑う人々。
飛び散るガラス。
吹き荒れる爆風。
すべてが、信じられないほどゆっくりになる。
そして。
頭上から迫る怪物。
俺は思わず目を疑った。
(……は?)
音速で飛んでいるはずの怪物が――
ノロノロ。
ノロノロ。
まるで水の中を泳ぐカメのように進んでいる。
(遅すぎるだろ……)
一周目では、こいつに手も足も出なかった。
なのに今は。
羽の動きまで見える。
複眼の動きまで分かる。
甲殻の継ぎ目。
関節。
柔らかな肉。
弱点が、勝手に頭へ入ってくる。
「死ぬうううっ!」
隣では山本課長が頭を抱えている。
だが、俺には死の鎌が迫っているようには見えなかった。
(……あそこに届くまで、あと三十分くらいかかりそうだな)
思わず苦笑する。
さて。
逃げる必要はない。
俺はゆっくりと周囲を見渡した。
路上に、警察官が落とした銃がある。
その銃へ向かって歩く。
誰も動けない世界で、俺だけが自由に動いていた。
そして銃を拾う。
(反撃の時間だ)




