第10話:大洗の海岸線と起動する巨大要塞
「うあぁああああっ! 地面から何か出てきたぞ!!」
「退避! 武器が効かん! 撤退しろ!!」
砂浜を突き破り、ザクザクと這い出てきた『カニ型超甲殻種』の群れに、自衛官たちが悲鳴を上げて散開していく。
体長三メートルを超える巨体に、鉄すら切り裂く巨大なハサミ。全身を覆う漆黒の超甲殻は、並の小銃弾では傷一つつけられない。
「ひいっ、逃げ——」
腰を抜かした自衛官の頭上に、怪物のハサミが振り下ろされようとした——その瞬間。
『―――――』
ドクン!!
脳が激しく沸騰し、世界からすべての音が消え去る。
『クロノ・ヴィジョン』の発動だ。
振り下ろされる巨爪も、逃げ惑う人々の引きつった表情も、重厚なスローモーションの世界へとしずかに沈んでいく。
(1周目ではこいつらに何十人もの兵士が食われた。だが——)
両手に携行したサブマシンガンを構え、俺は静かに引き金を引いた。
(甲殻の目視……よし。腹部の接合部と、複眼の根元が剥き出しだな)
スローの世界で、俺はぬるりと歩みを進める。
怪物のハサミが虚空を切り裂く間に、その懐へと潜り込み、超至近距離から関節の隙間へ弾丸を叩き込む。
タタタタタタンッ!
(一対目、撃滅)
続けて二対目の複眼へ。
タタタタタタンッ!
(二対目、撃滅)
最小限のステップで砂浜を滑るように移動しながら、弱点だけを的確に穿っていく。
一体、また一体。
通常の世界では「構えたと思った瞬間に肉塊と化している」ような神技の連射だ。
(これで……十体)
カチ、と一瞬時間が通常スピードに戻り、連続した破裂音が海岸に轟いた。
「ギシャアアアアッ!?」
「ガガガッ!?」
悲鳴を上げる間もなく、十体のカニ型超甲殻種が同時に体液を撒き散らして倒れ伏す。
「な……なんだあいつは!? 一瞬で十体も……!?」
呆然とする自衛官たち。だが、敵はまだ二十体以上残っている。
その時だった。
ドドドドドドドッ!!
上空から激しい爆音とともに、防衛省の特殊部隊(SFGp)を乗せた大型ヘリが旋回し、地上へと凄まじい重機関銃の援護射撃が降り注いだ。
「佐々木顧問を援護せよ! 弱点は腹部と複眼だ! 顧問の射線に合わせろ!」
俺が撃ち抜いて動きを止めた個体へ、特殊部隊の精鋭たちが集中砲火を浴びせる。
スロー視界で敵の隙を作り出す俺と、国家最高峰の特殊部隊による完璧な連携。
数分後——砂浜を埋め尽くしていた数十体のカニ型超甲殻種は、一頭残らず全滅していた。
同刻。俺の無線機から、防衛省幹部の興奮した声が飛び込んでくる。
『佐々木顧問! 横須賀の残党処理が完全に終了しました! 横須賀基地、並びに首都圏の防衛線は完璧に死守されました!』
(よし……横須賀は完全に守られた。これで過去の歴史は確実に変わり始めている)
「了解しました。……それじゃあ、いよいよ『本番』に行きます」
俺は転がる薬莢を踏み締めながら、サブマシンガンの弾倉を素早く交換した。
弾帯を締め直し、特殊部隊が持ち込んだ対戦車バズーカ(携帯ロケット砲)を引き寄せる。
視線の先。
大洗の海上にぷかぷかと浮かぶ、超巨大地下掘削種。
自衛隊からは「害のないただのオブジェクト」と見なされていた悪魔の要塞だ。
(手をだせば、確実にこちらを脅威と認識して襲いかかってくる。……だが、今ここで起きてくれないと、弱点すら攻撃できないからな)
弱点である内部コアは、まだ強固な装甲の奥に隠れて露出していない。
起こすしかないのだ。あの悪魔を。
俺はバズーカを肩に担ぎ、冷たい海風の中で不敵に笑った。
「来い」
ためらいなく、引き金を引く。
ズドォンッ!!
爆炎とともに飛翔したロケット弾が、超巨大地下掘削種の側面に直撃した。
続いて二発目、三発目、四発目——!
携行していたバズーカの全弾を、一切の躊躇なくその巨体へと打ち込んでいく。
轟音が大洗の海を揺らし、立ち込める黒煙。
直後。
ズズズズズズズズズズズッ……!!!!!
地鳴りのような不気味な重低音が、海底から響き渡った。
海面が狂ったように泡立ち、ただの巨大な岩塊に見えていたオブジェクトが、漆黒の甲殻を蠢かせながらゆっくりと持ち上がり始める。
装甲の隙間から、禍々しい赤紫色の発光器官が覗く。
1周目で関東全域を崩落させた【地底の悪魔】が、ついにその牙を剥いて動き出した。




