9 異界の門
まず、目に入ったのは真っ白い世界だった。
松の枝がその世界に黒い線を描いている。
僕は異界の穴に上半身だけ入り込んでいる状態だ。
眼下では、七巳が縄梯子をゆっくり下りてるのが見える。
その縄梯子は、松の枝に巻き付けられていた。
そこからは枝に移って、木を下りるのだ。
僕も七巳の真似をして下界に降り立った。
息苦しい面を外すと、天狗の里の澄んだ空気が心地良い。
寒さは気にしていたほどではない。ただ、雪の世界は無音だった。
風の音や波の音が、全部雪に吸い込まれてしまったみたいだ。
「じゃあ、今度はゴムボートに空気を入れるぞ」
息つく暇もなく、池水さんが大吾とともに荷物を解いている。
周囲は10センチほど雪が積もっていて、地下足袋を履いた足首まで、ふかふかの雪に沈む。歩くたびに、サクサクと雪を踏む音が心地良い。
「本当に不思議ね」
七巳は島の端に行って対岸を眺めていた。
僕もその横に立った。島の周囲は360度水面だが、どの方向に進むかは自然とわかった。その方向だけ木立がなく、広場になっている。
その先は道が微かに見えた。
とうとう異界に来たのだ。
振り向くと、ゴムボートが半分くらい膨らんでいた。
大吾が足踏みポンプを踏んづけるたびに、少しずつ膨らみが大きくなる。
「それ、四人も乗れるんですか?」
七巳が近寄りながら聞いた。
「大丈夫だろ、耐荷重300キロになってたから」
池水さんが答える。
そうだな、池水さんと大吾が70キロくらいで、僕は48キロだから、七巳が120キロ以上なければ大丈夫のはずだ。
まあ、大丈夫だろう。
「由紀は体重何キロ?」
七巳も同じように考えていたのだろう、そう聞いてきた。
僕が、48キロ、と答えると、
「私は52キロだよ。やっぱり男役は私だね」
腕を組んだ七巳が僕を見下ろす。七巳のほうが少しだけど背も高いのだ。
「そんなの決まるもんか。勝負で勝ったほうが男役なんだから」
二人でそんなこと言っていたら、ゴムボートが準備できたようだった。
四人で水辺まで運んで、早速乗り込む。今回も漕ぎ役は大吾だ。
池水さんは先頭、漕ぎ役の大吾、そして七巳で僕は最後尾に座った。
「いよいよだな。敵対することはないと思うが、注意してくれよ。まずは私が話をするから」
池水さんの言葉の間にも、大吾が力強く漕ぐとボートは、波のない氷のような水面をゆっくり進んでいった。
先ほどの湖常設ボートと比べて、スピードは遅い。
水の抵抗が大きいのだな。大吾も腕がだるくなったのか、漕ぐのも遅くなってきた。
対岸の広場が少しずつ近づいてくる。踏み分け道があって、その先に門が見えてきた。
あそこが天狗の村の入口なのか。
「もう少しだぞ、頑張れ」
池水さんの励ます声が、弱々しい。
船酔いで気分悪いのだろう。
10分ほどで、岸にたどり着いた。こちらも雪に閉ざされた無音の世界だった。50メートルほど先に木の門がみえる。門扉は開いた状態だ。
大吾が周囲を探る間、僕らは樹蔭に隠れて休んでいた。
とにかく池水さんが落ち着くのを待つのだ。
「お面は一応被っておいたほうがいいかな?」
僕もそうだけど、皆もこの地に降り立った時、面は外しているのだ。
「いや、小細工は無しにしよう。どうせすぐ見破られるだろうし」
大きく息を吐いた池水さんが立ち上がった。
気分が治ってきたようだ。
「よし、行くぞ」
池水さんが先頭に立って、天狗の里に向かう。
徐々に門が近づいてきた。




