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8 天狗の里


「うわ、これほんと重い。何なんですか?」

 七巳が、大吾の運んできた真っ黒い荷物を持とうとして、驚きの声を上げた。

 持てなくはないけど、見た目から想像以上の重さだったみたいだ。


「ああ。それ、ゴムボートだよ。向こうの島で膨らませて、岸に渡るんだ。それと、由紀くんに持ってきてもらったのは、縄梯子だ」

 昨日よりも池水さんの船酔いの程度が低いのは、酔い止めでも飲んできたのかな。


「じゃあ、俺が先に登って、荷物引き上げるよ」

 大吾が一番手で松の木に登り始めた。

 木の上の梯子の基部に結んで、縄梯子を下ろしてくれた。

 その縄梯子に池水さんはゴムボートをくくりつける。

 縄の繊維がぎし、と軋む音がした。


「じゃあ登るぞ」

 池水さんが縄梯子を登り始める。

 見上げると朝の空は薄曇り。雲の切れ間から淡い光が差していた。

 幸い、雪は降りそうにない。


 僕と七巳も順番に登って、木の上に来た。

 木の上から見ると、湖の湖面が朝の静寂の中、真っ黒に沈んで、底の見えない深さを感じた。


 そして、ずっしり重い縄梯子を皆で引き上げた。

「ではいよいよだな。大吾くん、ゴムボートを向こう側に下ろしてきてくれ。その後、私が一番手で向こうに降りる。もしものことがあったら、神主に報告だぞ」

 “もしものこと”というのは、烏天狗に悪意があった場合のことだろう。


 楽々浦が本当に誘拐されたのなら、その可能性も十分考えられる。

 警察に証言した人の話では、湖畔を黒尽くめの男と歩いているのを見た、というものではあり、そこに不穏な空気は感じられないみたいだけど。


 それでも、武器も持たずに乗り込むのだから、「烏天狗は人には危害を加えない」という信仰のようなものが根強いのだろう。

 重い荷物を抱えると、アルミの脚立が揺れて不安定になる。

 大吾が登る間、僕らは下で脚立の脚を支えて、できるだけ揺れないようにした。


 上まで行った大吾が大荷物を頭上に持ち上げる。

 その黒いバッグは、途中から消え始めた。

「向こうに落としました」

 大吾が言った。


 ゴムボートに縛り付けていた縄梯子が、その重さに引かれてピンと張った。見ると、空中の一点で縄梯子が消えている。


「じゃあ、ゆっくり荷物を下ろすぞ。大吾くんはいったん降りてきてくれ」

 池水さんが言うが、大吾は動かない。

 縄梯子が引かれなくなった。向こうの地面に届いたのだ。


「俺が最初に行きますよ。あとから来てください」

 大吾が言って、首にかけていた面を被る。そして迷いなく足を踏み出した。

「おい、駄目だ。やめろ」

 池水さんが叫ぶが、大吾の上半身が消え、そして全身が消えると、縄梯子がぐんと張って、向こう側に体重がかかるのがわかった。


「私も行くぞ」

 池水さんは、目出し帽を被ると、大吾の体重で張力のかかった縄梯子を登っていく。

 池水さんの上半身も消えて、すぐに全身が見えなくなった。


 七巳が「池水さん!」と呼び、僕が「大吾!」と呼ぶが、返事はない。

 カラスが消えた時、カラスの鳴き声も消えたのを思い出した。

 音は通さないのだ、この穴は。


「私たちも行きましょ。先に行くよ」

 七巳が首にかけていた烏天狗の面を深く被り、先に登りだした。

 木に登るのに視界が悪くなるから外していた面を、僕も被った。


 そして七巳の後を追った。


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