5 首が消えた
なんとか池水さんがゲロ吐く前に島に渡れた。
初めて渡った島の様子を見て回ることもできずに、池水さんはボートから降りた場所にうずくまって休んでいる。
そんな彼の指示を受けて、僕らは天狗の里を覗く準備を始めた。
「どっちか一人がロープを持って登ってくれ」
大吾の言葉にすぐに七巳が反応した。あたし行くよ、と言って輪にしたロープを担ぐと、身軽に松の木に登っていく。
「できるだけ上の方の、枝の股に梯子を立てる場所を探して」
大吾が七巳を見上げて叫んだ。
その時、ようやく気分が治ったのか、池水さんが近寄ってきた。
「いい感じで進んでいるな」
彼は七巳を見上げてそうこぼした。
今度は大吾が脚立を伸ばして梯子にしたのを、七巳に渡そうとしている。
「僕も行くよ」そう言って僕も松の枝に手をかけた。
中間地点で、梯子を渡す役目だ。
アルミ製だから重くはないけど、伸ばしたら五メートル近くあるそれはバランスが取りにくい。
下手に斜めにしたら、すぐに倒れそうになるのだ。
僕は大吾から梯子を受け取り、それを支えあげて上の七巳に渡す。
七巳がそれを上から引き上げる。
それと同時に僕も七巳の近くまで登った。
下から見上げるとそれほどにも感じなかったけど、ここから見下ろすと結構な高さだった。
二階の屋根くらいの高さかな。
思わず膝が震えそうになるほどだ。
「高所恐怖症?」
七巳が僕の一つ上の枝から笑った。
「違うよ。落ちたら怖いなと思っただけだよ」
僕が言うけど、それが高所恐怖症だよってさらに笑われてしまった。
枝の股に梯子を立てて、その周りをロープでぐるぐる巻きにする。
その状態で、梯子の上の先端は松の木上空三メートルくらいまでになったようだ。
「余ったロープを垂らしてくれ。私も登るから」
下で叫ぶ池水さんを見ると、黒い覆面みたいな物を被っていた。目出し帽というやつだ。
垂らしたロープを使いながら、中年男の鈍い動作でゆっくり登ってくる。
大吾を見ると、地上で僕らの方を見守っていた。
できるだけ僕らの真下に来るように、位置を変えたりしていた。
「じゃあ、まず私がのぞいてみるから。もし私になにかあったら、辻文神社の神主に全部話してやってくれ」
池水さんはそう言って梯子に足をかけた。一歩ずつ梯子を登っていく。
やがて池水さんの全身が松の木の上に出た。残りの梯子の段が少なくなる。
そういえば池水さん、上着も真っ黒のジャケットだ。黒いカラスしか通れない異界の穴を通るための格好だったのか。黒い目出し帽もそうなのだろう。
なにも変化ないなと思って見上げていたら、両手で体を支えることの出来る限界の最後の一段を上った時、池水さんの首が消えた。
ギロチンですっぱり切り落とされでもしたみたいに。
唖然とした僕と七巳の前で、何事もないかのように、池水さんが動いて身体の向きを変えた。ゆっくり見回しているような動きだった。
首だけが異界に行っているのだ。
彼の声は聞こえないが、池水さんは今、異界の景色を見ているのだろう。
池水さんが梯子を一段降りると、消えていた首から上が現れた。
ふうっと大きく彼は息を吐いた。
「向こうの景色が見れたぞ。作戦成功だ。いったん降りよう」
満足そうに言う池水さんに、僕はふと思ったことを言ってみた。
「そのロープだけ向こうに投げてみたらどうかな?」
「なるほど。それは興味深いな、やってみよう」
すぐに池水さんは自分の体に巻き付けていた黒いロープをほどいて、先っぽに一度重し代わりの結び目を作る。
そしてくるくるっと頭上で回すと、上空に投げ上げた。
少し斜め上で、ロープの先端が消えた。
異界に落ちた先端に引かれるように、ロープが張っている。
ちょうど穴の空いたガラス板にロープの先端が入って見えなくなった状態に思える。
穴の端でロープは支えられて、引いても緩めても支えられている部分は変わらなかった。
「面白いな。これなら向こうにロープを垂らせば、降りるのも簡単そうだ」
そう言った後、池水さんはロープを引いて回収した。
松の木から降りるのは七巳が一番早かった。途中まで降りた後、ヒョイッと二メートルほどの高さから飛び降りたのだ。
僕は一番下の枝にぶら下がってから手を離して地面に立った。
その後、二分ほど池水さんが降りてくるのを待った。
「今日は十分な成果だったよ。いよいよ明日は天狗の里に乗り込むぞ」
池水さんが言うけど、大吾は不満そうだ。
「いったん引き上げですか。俺も覗いてみたかったな」
大吾の言うのもわかる。僕だって覗きたかったんだから。
「でも、下から見てると気味悪かったよね。あの時穴を閉められたら、首無し死体の出来上がりだもの」
七巳の言うのもわかる。確かに見ていて気持ち悪かったし。
「いや、まだ用意するものがあるんだ。向こうの島に行ったとしても、岸に渡るためにボートも必要だし、縄梯子も用意したほうがいいだろうし、服も黒い服に着替えないとな」
作戦成功で機嫌のいい池水さんだったけど、ボートで岸に着く頃は、船酔いで青ざめた顔に変わっていた。




