2 消えた夜
楽々浦夜が居なくなったと、七巳がメールを送ってきたのは、道場で汗かいての帰り道だった。
もうすぐ家に着くというときで、さっきまで隣を歩いていた華原とも別れて一人だった。
西の空は赤く、冬の夕暮れを鮮やかに描いていた。
車が一台やっと通るくらいの狭い住宅街の道の奥まで、夕陽が差し込んでいる。
その中で七巳のメールを読む。
由紀
今日も道場行ってた? 楽々浦くんが連絡取れなくなった。
三日前から音沙汰なしで、池水さんも心配してる。
烏天狗の里に何か関係している可能性が高い。
池水さんが「由紀くんにも来てもらいたい」って。
往復の新幹線代、出してくれるって言ってる。
私も待ってる。来れるなら、明後日までに返事して。
無理ならそれでもいい。
七巳
(追伸) 雪が降り始めてる。寒いから風邪ひかないように。
七巳らしい簡潔なメールだった。
”雪”の文字を見て、天狗の里の風景が目に浮かんでくる。
あの日、四人で見たモニター画面。ドローンが撮影した雪深い天狗の里。
白黒画像のように、雪山は色のない世界だった。
僕はその瞬間、明日月読峠の町に行くことに決めた。
冬休みだから、お泊りできるし。
ホテルの予約は必要ないはずだ。
過去のメールのやり取りで、七巳がうちに泊まっていいと言ってくれていたのだ。
神社だから、というより大きい家だから空き部屋もあるからと言っていた。
問題は親が許してくれるかだ。
日帰りならともかく、お泊りはハードルが高い。
前回、月読峠に行ったときは、日帰りだし、行く先も詳しくは親には言っていなかった。
友達と遊びに行くから、少し遅くなるから、といった程度だったのだ。
「その、辻文七巳さんか、家族の方とまずはご挨拶させてね。それと、やっぱり由紀一人でやるのは心配だから、華原くんと一緒に行ってきなさいよ」
一泊のお許しを貰おうと、夕食時に月読峠の話をしたら、何故か母さんは華原を持ち出した。
横で父さんも、ふんふんとうなずいている。
「なんで大吾が出てくるんだよ」
大吾というのは、華原のことだ。華原大吾がフルネーム。
だいたい高校生の男女が一緒にお泊りなんて、普通許されないことだろ。
「由紀は心は男の子だから、大吾くんとは男同士なんでしょ。だったら変なことにはならないはずだし、別になったらなったでいいんだけどね。大吾くんいい子だし」
「そうだな。大吾くんが息子になってくれると父さんも嬉しいぞ」
そう言いながら父さんはビールをグビリと飲んだ。
そういうわけか。女の身体に男の人格を持つ僕を、両親は残念に思っているのだ。
できれば普通の女の子に戻ってほしいと思っている。
そうなってくれるのなら、大吾と恋人同士になってもいいわけだ。
それなら孫の顔が見られると、内心ではほくそ笑んでいるのだろう。
ところがそうは問屋が卸さないのだ。幼馴染の大吾は、僕のことを女だとは露ほどにも思っていないのだから。
幼稚園の頃、川遊びをしていたときのことを思い出す。
キャンプに連れて行ってもらったときだった。
親たちはテントの準備とか、焚き火の準備をしている間、僕らは二人で浅い川で遊んでいた。
夏の日差しが木漏れ日になって降り注ぐ中、パンツ一枚でお互い水を掛け合って遊んだ。パンツが濡れるのを嫌がって、大吾がそれを脱いだ。
僕もそれに習って全裸になった。
二人の違いがあからさまになった。大吾の股間には小さいながらもおちんちんがあり、僕の股間は一本筋が入っているだけだ。
大吾は最初不思議そうに見ていたけど、すぐに、『まだ生えてきてないけどそのうち生えてくるよ』と言ってくれたのだ。
彼にしても、僕が女じゃないとわかっている証拠だった。
「でも、大吾だって暇じゃないよ」
僕が最後の抵抗を試みる。
「大吾くんも、月読峠のニュース見て、行ってみたいと言ってたのよ。ボディガードを頼むんだから、交通費はこっちが出すって言えば、きっと二つ返事だわよ」
母さんのその言葉で僕は諦めた。
大吾と行くのが嫌なわけではない。ただ、天狗の里の件は僕ら4人の秘密だったから大吾に知られるのは、どうかなと思ったのだ。
その夜メールすると、「大吾くんもいいよ。別室用意するから」と、七巳から返事が返って来た。




