1 会いたいなあ
巌流島の決闘から二週間が過ぎていた。
冬休みに入って、来週は正月だ。
僕はベッドの上で布団にくるまりながら、くるくると寝返りをうつ。
朝日はすでにカーテンを明るく照らしているけど、起きる気にならない。
七巳、今頃なにしてるかなあ。会いたいなあ。
冬休みだから会いに行く時間はあるのだけど、あいにく資金がないのだ。
往復3万円はバイトもしてない高校生にはおいそれと出せない。
今度行けるのはいつかな。お年玉貯めておいて春くらいかな?
「由紀、華原くんが来てるわよ。道場行くんでしょ。早くしなさい」
母さんが僕の部屋のドアを開けて怒鳴った。
はあい、とだるい返事をして、僕はやっとベッドを出た。
冷たい空気に肌が触れて、ひとつくしゃみが出た。
パジャマから着替えて二階から降りると、リビングに華原がいた。
「よお。お早いねえ。これから朝飯かよ」
華原はコーヒー牛乳のグラスを傾けてそう言った。
「少し待ってろ。すぐすむから」
僕はそう言ってトーストを一気食いした。
「こらこら。男の子だってそんな食べ方しないわよ」
母さんが僕の頭をはたいた。
「相変わらずの由紀の介だな」
華原が笑い声を上げる。
僕は男友達には、由紀じゃなくて由紀の介と呼ぶようにお願いしていた。
名は体を表す。男の名前で呼べば、男と思われるかなと思ったのだ。
それを呼ぶ側の心理として。
「それで、月読峠の決闘はどうなったんだよ」
家を出て歩いていると、華原が聞いてきた。
あれから二週間になるけど、風邪引いたり色々あって、今日が久しぶりの道場なのだ。
「引き分けだったよ。勝ったら舌入れしたんだけどな」
近所に住んでる華原は気安い友達だ。
幼馴染でつきあいも長いし、僕はこいつには隠し事はしないのだ。
「なんだよ舌入れって。でも、お前と引き分けるなんて、すごいやつだな。同じ女子なんだろ」
華原は男子の中でも上位に位置する有段者だ。
僕は時々彼と試合をさせてもらって、三回に一回は勝てる。
そんな僕を華原も認めてくれていた。
「一昨年、武道会の準決勝で負けたんだ。七巳は特別だよ。僕でも油断はできない相手なんだから」
そう言いながら、あの時のーー巌流島の決闘を思い出す。
気合を込めて打ち込む僕の拳を、七巳はすいっと身体を流して避けた。
そして彼女の突きが僕のみぞおちを狙う。
僕はそれをブロックして、離れ際に、以前七巳から食らった蹴りを放った。
七巳は受け損なってよろけた。
今だとばかりに、僕はタックルして寝技に入る。
七巳はくるりと反って逃れると、僕の左腕を決めてきた。
柔道の腕ひしぎ技だった。
一瞬決まったかと焦ったけど、道着じゃないTシャツが滑って、離れた。
お互いくるりと翻って、最後は僕の突きと七巳の膝蹴りが同時に入った。
僕はみぞおちを突かれて苦しくてうずくまった。
七巳も同じように苦しげにひざまずく。
その時、楽々浦の『一本、それまで』が爽やかに響いたのだった。
東中野の家から大江戸線で20分電車に乗って、そこから少し歩いて六本木の道場に着いた。
天井の高い場内は、はあっとかいやーとか、勢いのある声がこだましている。
着替えるために、華原とは別れた。
どうしても、僕が女だと気付かされる瞬間だった。
ああ、僕にもおちんちんが付いていたらなあ。おちんちんさえ付いていたら、僕は女子の更衣室で着替える必要はないのだ。
まったく、どうして僕は女に生まれたのだろう。
心は男なのに。
これまで何度も考えてきたことが、浮き上がりそうだったので、思い切りねじ伏せた。
今日は久しぶりの道場なのだから。
「華原、スパーリングしてくれる?」
道着に着替えた僕は、道場で柔軟体操をしていた華原に声をかけた。
おう、いいぜ、と彼は軽く答えてくれた。




