11 楽々浦の説明
長老の家は村の奥にあった。特に他の家と変わりはなく普通の古民家だ。
歩いてくる途中で数人の烏天狗を見かけたけど、薪割りの作業をしていたり、農耕器具の手入れをしていたりで、人間の村の雰囲気と似たような感じだった。
彼らは僕らの方をチラチラ見るけど、烏天狗の里にいきなり人間が現れた驚き、とかは感じられなかった。
「あ、こっちは僕の幼馴染で親友の華原大吾っていうんだ。よろしくな」
途中で楽々浦にはそう言って紹介した。
楽々浦は、大吾を見て少し目を細めた。
でも、すぐに右手を出して二人は握手をしたのだった。
「この世界には月が二つあるの、気づいたかな?」
楽々浦は誰ともなしに聞いた。
「ああ。ドローンが撃墜された時のビデオに映っていたぞ」
池水さんが答えた。
それなら話が早いな、そう言って楽々浦が先に立って長老の家に入った。
入ってすぐが板張りの広間になっていて、その奥に長老と思しき人影が胡座をかいて座っていた。長老というだけに年配なのだろう、頭頂部の羽が白くなっている。
座っているだけで、静かな威厳の光を周囲に放っていた。
そこには彼だけではなく、若い烏天狗が二人、長老を補佐する形で左右に座っている。
部屋の中はろうそく数本の光だけで、薄暗い。
僕らは勧められるままに、彼らの前に腰を下ろした。
正座は苦手だけど、客人なのだからそうしないとまずいだろうな。
僕も諦めて膝を畳んだ。
「ようこそ、天狗の里へ。歓迎しますぞ。ただ、私は人間の言葉を少しは話せるが、やはり発音が難しい。説明は楽々浦殿に任せる事とします」
長老は、しわがれた声でゆっくりそう言って深々とお辞儀をした。
「まずは、君がここに来ることになった経緯を教えてくれよ」
池水さんの質問に楽々浦がうなずいた。
「先週のバイトの夜、僕は帰る途中で男に声をかけられました。その時は普通の人間に擬態していて不審な感じはなかったんです。その彼が言うのは、村に災厄があるから相談に乗ってほしいということでした」
「どうして君に?」
池水さんが聞いた。
「あの時、湖の島で七巳と由紀さんが試合をしたときですけど、武道好きな烏天狗たちはその様子を異界の穴越しに見物していたんですよ。それとドローン。この世界の科学技術と知識に彼らは期待したんです。それで、あの時、島に居た僕と七巳と由紀さんの誰かに相談しようと思ったみたいです」
「なるほど、君が選ばれたわけはわかった。それで、その相談というのは?」
また池水さんが聞く。
武道好きという話で、門の近くでの試合に納得がいった。
烏天狗は、外敵を倒すためというより、いかにも試合を楽しんでいるふうだったのだ。
「この世界の二つの月。それが重なる時、さらにもう一つの条件が重なると大潮のものすごい、超大潮ともいうべき津波が、ここではなく麓の村を襲うんです。250年に一度それは起こるということでした。ここの天狗たちは、何度も麓の村の人々が水害で大勢死ぬのを悲しく思っていたんです」
「そうか。二つの月の重力作用で潮の干潮が大きくなるわけだな。それでもう一つの条件は……、わかったぞ、近日点だな」
池水さんだけは話の先が読めているようだった。
「さすがですね。そうです、二月重合と近日点が重なるのが、250年に一度ということなんです」
相手が物わかりよくて楽々浦も話しやすそうだ。
「近日点ってなに?」
僕が聞くと、池水さんが答える。
「星の軌道っていうのはね、ほとんどの天体が真円じゃなくて楕円になるんだ。その楕円の中で、中心の星に最も近づく位置を近日点と呼ぶんだよ」
「でもさ、それがわかってるのなら、来年の二月重合で災厄が来るぞって警告出せばいいんじゃないか?」
大吾が僕も思ったことを聞いた。
「それが、そう単純じゃないんだよ。二月重合自体は珍しいことじゃなくて、三ヶ月に一度は起こること。だから来年起こるとしても、3月か7月か10月かがわからないと警告も出しづらいというんだ」
警告を出しづらい? なんでだろう。
楽々浦の言葉に疑問を持ったけど、それより足が痺れてきた。
「なるほど。最大で10ヶ月も誤差があれば、避難もするのが難しいよな。村人が居ない間に山賊に荒らされるなんて事もあるだろうし。最悪村を乗っ取られるなんてことも起こりうるわけだ」
こういう話は男は得意なのかな。池水さんと大吾は深く頷いてる。
「あ、足は楽にしていいよ。痺れるだろ」
楽々浦が言ってくれて助かった。
僕は正座を解いて体育座りに替えた。横を見ると七巳はすでにその格好になっていた。
僕だけクソ真面目に正座していたのか。
「それで、ここに滞在して月の動きを観測していたってわけか」
池水さんの言葉に、楽々浦は深くうなずいた。
そして、データはここにありますとスマートフォンを取り出した。




