鹿の隣
今日はいつもより近い気がした
悠 「おはよう」
その声で、鹿は目を覚ました。
夢の中から引きずり出されるみたいに、
意識が浮かび上がる。
鹿 「……おはよう……」
視界がぼやけている。
でも、悠だけははっきりしていた。
悠 「今日はちゃんと来たね」
鹿の心臓が、
一瞬だけ強く跳ねた。
(……来た?
どこに……
今、起きたばっかだろ……)
昨日の記憶は曖昧なまま、
悠の言葉だけが鮮明に刺さる。
鹿 「……昨日……俺……」
思い出そうとすると、
頭の奥がぐらっと揺れた。
悠は鹿の反応を見て、
静かに笑う。
その笑顔は奥が空っぽだ。
鹿(……怖い)
はっきりと胸の中に浮かんだ。
悠が隣で喋っている。
いつもの調子で、いつもの声。
悠 「でね……」
鹿はその横顔を見た瞬間、
胸の奥が縮む。
(……近い)
距離が、近い。
肩が触れそうなくらい。
いつもこんなだったか?
いや、違う。
……違うはずだ。
でも――
思い出せない。
悠 「そのリポーターがさ……」
鹿 「……近い」
声が、震えていた。
悠は話を止めない。
止める必要がないみたいに。
悠 「で、その人がね……」
鹿 「……」
声が遠い。
教室のざわめきも遠い。
でも、悠の声だけは、
耳の奥に直接届くみたいに、鮮明。
(……怖い)
はっきりと、
その言葉が浮かんだ。
悠が怖い。
この距離が怖い。
この声が怖い。
でも――
(……離れられない)
体が動かない。
席もずらせない。
視線も逸らせない。
悠の声が、
鹿の世界の中心みたいに響く。
悠 「鹿、聞いてる?」
鹿 「……聞いてる……」
嘘だ。
何も入ってこない。
入ってくるのは、
悠の声と、
距離と、
胸のざわつきだけ。
怖い。
確かに、膨らんでいく。
近い。
近い。
近い。
近い。
(……なんでだ……)
どこに行っても隣にいる。
席を移しても、廊下に出ても、
気づけばいる。
(いつからだ……?)
思い出そうとすると、
頭の奥がぐらっと揺れる。
(なんでこいつは……
ついてくる……?)
理由が分からない。
でも、“ずっと”隣にいた気がする。
(そういえば……
なんでこいつと仲良くなったんだ……)
仲良く?
その言葉が、ひっかかる。
(……だめだ……
考えたら……だめだ……)
胸がざわつく。
気持ち悪い。
怖い。
でも――
離れられない。
悠の声が、
すぐ横から落ちてくる。
悠 「鹿、帰ろ?」
その声だけが、
はっきり聞こえた。
(……怖い……
でも……)
足が勝手に動く。
悠の方へ。
歩く
自転車の音が聞こえる
歩く
クラスメイトの声が聞こえる
歩く
隣から声が聞こえる
歩く
隣から声が聞こえる
歩く
隣から声が聞こえる
(……近い)
歩く
(……いない)
振り向く
誰もいない
歩く
それでも、声は消えない
歩く
悠「鹿、聞いて」
歩く……止まる
(……嫌いだ)
そう思った瞬間、
その声だけが、
もっと近くなった
逃げ場がなくなるくらいに
今日は鹿といっしょに帰れました
ちゃんと隣にいました




