鹿、来てる?
ほんの小さな違和感が、いつもと同じ顔をして入り込んでくる。
いつまでこのままでいるんだろう。
いや、“いられる”んだろうか。
最近、腹が空くことが多い。
いくら食べても満たされない。
何かが足りない。
ずっと抜けない、変な感覚。
課題は机の上で開いたまま。
一文字も進まない。
鹿は床に寝転んで、扇風機の風を受けながら天井を見ていた。
(……なんもやる気出ねぇ)
目を閉じかけた、その時。
ピンポーン。
インターホンが鳴った。
鹿は眉をひそめる。
(無理だ……今は人に会いたくない……
なんか、今日は特にダメだ)
ガチャ、とドアの開く音がした。
鹿「……は?」
悠「鹿ー?」
昨日も、一昨日も、
まるで“ここが自分の家”みたいに。
悠「来たよ」
鹿は一瞬、言葉を失う。
鹿「いや……」
(鍵……? なんで……)
悠は靴を脱ぐ気満々で、当たり前みたいに言った。
悠「あそぼうよ」
鹿「……鍵……」
その一言に、悠はゆっくり首を傾げた。
悠「ん?どうしたの?」
鹿は言葉を探す。
だが、うまく形にならない。
(……閉めた。
確かに閉めたはずだ。
なのに、なんで——)
「おじゃましまーす」
「……」
「昨日のテレビでね……」
「テレビ見てねぇよ」
「へぇー。でね」
(……なんで入ってきてるんだ?)
「リポーターがね、すごく楽しそうに——」
(……なんの話だ)
(……まあ、いいか)
「鹿、ごはんたべた?」
「……まだ……」
「そっかぁー。でね」
(……なんで止めてないんだ、俺)
(止める理由、あったか……?)
「鹿、こっち来なよ」
鹿は一瞬だけ迷った。
来る理由はない。止める理由も、ない。
(……)
迷いが、どこにも行き場を失って消える。
(……まあ、いいか)
足が勝手に動く。
悠の隣に座ると、テレビの音が遠く感じた。
「ほら、この人。昨日も出てたんだよ」
鹿は画面を見ているふりをしながら、悠の横顔ばかり見ていた。
(……なんでだろ)
さっきまで気になっていたはずの違和感が、
輪郭だけ残してぼやけていく。
胸の奥が、わずかに引っかかる。
でも、それが何なのかは、考えなくてもいい気がした。
いつの間にか、時間は過ぎていた。
悠「また明日」
そう言って、悠は帰っていった。
玄関が閉まる音がして、
部屋に静けさが戻る。
…………
……
……
鹿はしばらく動かなかった。
(……)
喉の奥に、何かが引っかかったまま残っている。
言葉にしようとして、やめた。
今回も読んでいただきありがとうございます。
次回もまた、いつも通りの中に少しだけ混ざる違和感を描いていければと思います。




