その7
Kはショートピースに火をつけ、大きく吸い込むと、上を向いて煙を吐き出しました。
「この間、アイツが言ったこと。あんまり間に受けない方がいいよ」
私は、何のことだ、という顔をして眉をひそめます。
何の話かは分かっていました。
ですが、副番の話は聞きたくなかったので、黙っていました。
「アイツ、いっつも大袈裟に話すからさ。全然大した話じゃないよ」
私はそれには答えず、話題を逸らします。
「今日はどこか出かけてたの?」
「いや、ずっと家にいたよ。そんで、ちょっと飲みたくなってさ。そしたら、Hちゃんの顔が浮かんだんだよ」
それから私たちは音楽の話を始めました。
好きなタイプの音楽はほとんど共通していたので、実は音楽の話はかなり楽しかったのです。
驚いたのは、ドラマーであるKの、音に対する深い洞察でした。
私が《10CC》というバンドが好きだと言うと、Kは言いました。
「10CCかぁ。そう言えば、ビリー・ジョエルが《I’m Not in Love》のストリングスみたいなバックコーラスをパクってたな」
私は、ビリー・ジョエルの何の曲か分かりません。
黙っていると、Kが笑いながら言いました。
「あ、Hちゃん、ひょっとして知らないの?」
すっかり見透かされた私は、素直に聞き返します。
「ビリー・ジョエルの何の曲?」
「《素顔のままで》」
私は頭の中で《素顔のままで》を鳴らし始めます。
そして二コーラス目で、《I’m Not in Love》のようなコーラスが聞こえてきました。
「ああ、確かに……」
それから私たちは三時間ほど音楽の話をして、店を出て別れました。
辺りは、すっかり暗くなっていました。
私は家路を急ぎながら、Kの言葉を思い出していました。
“アイツ、いっつも大袈裟に話すからさ。全然大した話じゃないよ”
――話してみると、結構楽しい奴だし、副番って言っても、本当に大したことないのかもな。
酒の勢いも手伝って、Kに対する警戒心は、すっかり緩んでいました。
しかし、後に、副番としてのKのリアルな一面を見せつけられることになるのでした。




