その32
Kは天井を仰ぎます。
Kの小さな小さな嗚咽が聴こえてきました。
私と奥さんは、無言です。
私は、ゆっくりと静かに、そして音をたてないように缶ビールをテーブルに置きます。
ほんのかすかな音さえも立てることが許されない空気を感じていました。
Kは大きく息を吐きました。
「叔母さんの布団に近づいて、眠っているような叔母さんの顔を見たときにすぐにわかったよ。死んでるって」
「叔母さんの顔触ってみたらさ、冷たいんだよ」
私と奥さんは、無言です。
奥さんは目をつぶって、うつむいています。
私は、少し息苦しさを感じ始めていました。
「オレさ、叔母さんのこと大好きだったんだよ。子供の頃から」
「ここで世話になった時にすぐに、叔母さんの体調があまりよくないのがわかったよ」
「でも、オレ、そのこと、叔母さんに聞かなかったんだよ。ってか、聞きたくなかったんだよ。だからどこが悪いのかも知らなかった」
「オレ、もし、叔母さんが死んだらオレも死のう、そう決めてたよ」
Kはウーロンハイを口にしました。
私は缶ビール、奥さんは缶のレモンサワーを口にします。
「それでさ、オレ、弟にメールしたんだよ」
「叔母さんが死んだ。オレもこれから死ぬ。申し訳ないが、あと頼む」
「そうメールして、オレ、叔母さんの家を出たよ」
「で、近くの川に行って、携帯電話をバキッと折って、川に捨てた」
奥さんの目が開きました。
「えっ! 救急車、呼ばなかったの?」
「呼ばなかった」
奥さんはそれ以上何も聞きませんでした。
私も奥さんもKに「なぜ?」と聞くことの無意味さを理解していたのです。
Kとは、そういう人間だからーーー
それ以上の説明は不要だと感じていました。
これまでKに起きたいろいろな出来事も、Kだからこうなったんだ、そう考えるのが自然だと思うようになっていました。
私は無意識に鼻から深く息を吸い込み、口から吐き出しています。
そして思っていました。
いったい、この話はどこまで行くんだ。
この男はどこまで話そうとしているんだ。
そして…私はこの先を聞いてよいのだろうか……




