その31
救急車のサイレンが止むのを待っていたかのように、Kが話しだします。
「太っちゃって、着る服やズボンがなくなっちゃって、もう毎日ジャージ。家でも外でも。近所では、ジャージのあんちゃん、って呼ばれてた」
私はKの太った姿を想像してみようとしました。
20年前までのKは、体を鍛えていて、服の上からでも分かる筋肉質な体が、ある種のオーラを放っていました。
目の前にいるKは、あの頃に比べるとだいぶ線が細く見えます。
「Kちゃんの太った姿、想像できない。写真ないの?その頃の」
「ないよ。あっても見せない」
Kは、奥さんの言葉にそう返すと、ヒャヒャヒャと笑います。
「どれくらい、その叔母さんのところにいたの?」
「一年前まで」
「一年前って……19年間?」
「う〜ん、それくらい…いたかな」
「仕事せずに?」
「そう」
「ずっとブラブラしてたの?」
「そう」
私は少し驚きましたが、こうも思っていました。
まぁ、病気だからな…
辛さは本人にしか分からないだろうし…
「じゃあ、変化のない毎日を19年間も過ごしていたんだ」
「そう……だったんだけどさ」
Kは天井を仰ぎました。
私は無意識に身構えました。
この条件反射のような体の反応……まだ残っていたんだ……
「ある朝起きたら家の中が静かだったんだよ。いつもは、隣の部屋から叔母さんが見ているテレビの音がするんだけどよ」
無意識に私の体に力が入ります。
「でさ、”叔母さん?”って声かけても返事がないんだよ」
私は固唾を飲む代わりに、ビールを一口飲みます。
「叔母さん、どこか出かけたんだと思ってさ、隣の部屋の襖を開けたらさ、布団の上で叔母さん寝てるんだよ」
私はもう一口ビールを飲みます。
私は、ビールを飲みながらKの顔をチラ見します。
そして、Kの目から光るモノが少し溢れているのに気付きましたーー




