その30
「Tちゃん、ウーロンハイ、いいかな?」
奥さんが冷蔵庫から缶のウーロンハイを取り出し、Kに手渡します。
Kは缶のプルタブを開け、一口飲みました。
「二人から連絡があったのは、分かってたよ、もちろん。でもスルーしたんだよ」
私と奥さんは何も言いません。
「オレさ、パニック症候群やったじゃん。あれ、怖いんだよ。突然、心臓がバクバクしだしてさ、立ってられなくなるんだよ。それで仕事はもう無理だな、って思ってさ」
「で、ずっと知り合いの家に居候してたんだけどさ、さすがに悪いなって思って、東京の叔母さんの家に転がり込んだんだよ」
「うん」
「その叔母さん、オレが子供の頃からオレのこと可愛がってくれててさ、コッチの事情も知ってたから」
Kはたこ焼きを一つほおばります。
同じタイミングで、私は餃子、奥さんはポテトサラダをつまみます。
しばし間が開きます。
Kは缶のウーロンハイをグビッと飲みます。
同じタイミングで、私は缶ビール、奥さんは缶のレモンサワーをグビッと飲みます。
「その叔母さん、年金生活者でさ、一人暮らしであんまり余裕のある生活じゃなかったと思うけど、オレのこと預かってくれたんだよ」
「お前は働いてなかったんだろ?」
「ああ、だから余計に余裕が無くなったと思うよ。だからオレさ、一日中、叔母さんの家でじっとしてたよ。たまに買い物に行ってやったりしてさ。叔母さん、体の具合が悪そうだったから、まぁ、いろいろ手伝いとかしてさ」
「じゃあ、外に飲みにも行けなかったんじゃないの?」
「そんなの無理無理。でもさ、叔母さん、ビールとか缶チューハイとかたまに買ってオレに飲ませてくれてさ。あ、タバコは毎日買って吸わせてくれてたよ」
「だからコッチからの連絡、スルーしてたのか?」
「うん、まぁ。とにかく、誰にも会いたくなくなってさ」
「で、その叔母さんの家に転がり込んでから、誰とも会ってなかったの?」
「オフクロ、弟達とはたまに会ってたよ。それ以外は誰とも会ってなかった」
私は缶ビールを取りに冷蔵庫に向かいます。
「でさ、とにかく動かないからブクブク太っちゃってさ。服とかズボンとか入らなくなっちゃってよ」
Kはヒャヒャヒャと笑います。
私と奥さんは笑いませんでした。
救急車のサイレンの音が響いてきました。
サイレンの音はだんだん大きくなってきましたが、やがて小さくなっていきました。
「1月2日に急患かよ、あの人たちも大変だよな」
そう言いながらKはたこ焼きを一つほおばります。
1月2日に、死んだと思ったヤツを20年振りに見たコッチも大変なんだけどーー
私はそう思っていました。




