その29
あの日、Kが「パニック症候群を患っている」と私に告白した日を境に、Kからの連絡は途絶えました。
私から何度かKに電話やメールで連絡を取ろうとしましたが、Kからの返信はありませんでした。
でも、私はこう思っていました。
またK劇場の新たな幕が上がったに違いない。
そして、いつものように、突然ひょっこり連絡をしてくるだろう。
しかし、Kがひょっこり現れたのは、あの日から20年後でした。
いつからだったでしょうか……私は、"Kはもうこの世にいないのだ"、と思うことにしていたのです。
ですので、よく晴れた1月2日という日に、突然のKの登場は、文字通り"青天の霹靂"のような事件だったのです。
現在ーー
某年1月2日
午後八時
私、私の奥さん、そしてKはダイニングのテーブルを囲んで座っています。
焼きそば、唐揚げ、たこ焼き、お好み焼き...という、まるで祭りの屋台で買ってきたようなラインナップが、Kの目の前に並んでいます。
そして、冷食の炒飯とカルボナーラも。
私の奥さんは、Kの偏食を覚えていたようです。
「お、Tちゃん、オレの好物を覚えてくれてたんだ」
Kはそう言うと、ヒャヒャヒャ、と笑います。
この笑い方……変わってないな。
奥さんが缶ビールを持って言います。
「さ、20年ぶりの再会、乾杯しましょ」
Kは缶ビールを一口飲むと、炒飯の皿を引き寄せ、無言で食べ始めました。
私と奥さんは、黙ってKの食べっぷりを眺めています。
「冷食の炒飯だよ、おいしい?」
奥さんがニヤニヤしながら尋ねると、Kは無言でサムアップしました。
Kは炒飯を平らげると缶ビールを一口飲み、今度はカルボナーラの皿を引き寄せ、再び無言で食べ始めました。
Kのあの精密機械のような見事なフォークさばきは健在でした。
私はその規則的なKの動きを見ているうちに、あることに気づきました。
「灰皿、いるか?」
Kは無言で手のひらを左右に振りました。
タバコ、やめたんだ……
まぁ、生活保護受給者だもんな、タバコも随分と値上がったようだし……
Kはカルボナーラを平らげると缶ビールを一口飲み、ふぅ~、と大きく息を吐きます。
昔なら、ここでショートピースに火をつけているところです。
「何回も連絡取ろうとしたんだよ。一体どこにいたの?」
奥さんがKの炒飯とカルボナーラの皿を片付けながら言います。
「え?……まぁ……、何から話そうかね……」
この後、私にとっての"Kの20年間の空白"の溝が埋まっていきます。
私が「死んだ」と思うことにしたKは、この20年間、K劇場の幕を閉じていませんでした。
そして私と奥さんは、その20年間の物語を聞くことになるのですーー




