その21
Kは、またショートピースに火を付けました。
私はホッピーを飲みながら考えていました。
この男の常識ラインってどこにあるんだ?
いや、この男にそもそもそんなモノがあるのか?
コイツのギリギリ感って…ハンパない。
「そんでさ、その子もオレのことが好きみたいでさ、なんか、オレとその子のことが社内で噂になっちまってんだよ」
Kはショートピースをふかします。
「しかし、なんで放っておいてくれないんかねぇ。 誰にも迷惑かけてねぇのによ、ったく、面倒くせぇ連中だよ」
私は、Kのあまりにもシンプルで、どストレートな話しっぷりに、体が硬直し始めるのを感じていました。
これまで私の中に積み重なってきたKという人物像のせいでしょうか。
「恐らく、Kは正しいことを言っているのだ」と、思わされてしまうような力が、Kにはあったのです。
「そう思わねぇか?」
ホッピーのジョッキの持ち手を握る私の指が一瞬だけケイレンします。
そんな話、こっちに振るなよ~。
なんて言っていいか分かんないよ。
っていうか、口が上手く動かないよ。
「あの子さ、旦那と上手くいってないって言ってさ、オレ、そん時に、あの子の頭を撫でたんだよ」
もういいって!
もうやめてくれ!
「そしたらあの子、かわい〜く、ニコォ〜って笑ってさ」
も、もう帰りたい~っ!
Kはウーロンハイをグビッと飲むと、ぷはぁ~、と大きく息を吐きます。
私は、Kに感づかれないように体を身構えます。
……次はいったい……何を言い出すんだ……?
あんまりドキドキさせるんじゃないっつーの。
こんな話を聞かされると知っていたら、ここには来ていないぞ。
これじゃ、Sの話はいったい……いや、そうだ、この男は「今日、会えねぇか?」としか言っていない。
Sの話をする、なんて一言も言っていない。
自分が勝手にそう思い込んだだけだ。
ツッコミどころが……ない……
なんだ、この圧倒的な……
だめだ、かなわない……
Kはショートピースを持つ右手で頬杖をついて、うつろな瞳を壁に貼られたお品書きに向けていました。
恐らくKには、もうお品書きは見えていません。
こんな風に、物思いにふけるKを見たのは初めてです。
そして…
「いい子なんだよな~、カナちゃん」
その瞬間、私は反射的に裏返った声を上げていました。
「ますたぁ、ウーロンハイください!」




