その16
Kが戻ってきました。
Kは椅子に座ろうとして、私の方を向いて静止しました。
「ん?Hちゃん、ナニよ〜、浮かない顔してぇ。何かあったの?」
そう言うと椅子に座り、フォークを包む紙ナプキンを外して、黙々とスパゲッティ・カルボナーラを食べ始めました。
私はKをじっと見ています。
Sはニヤニヤしながら私を見ています。
コイツ、自分で話す気ないな…
まぁ確かに音信不通になった件を話すとは言っていないからな。
そして私は気付きます。
Kは全身からある種のパワーのようなモノを放ちながら、無言でこう言っているようでした。
余計なことを聞くんじゃねぇよ。
別にお前に迷惑かけてねぇし。
私にしても、まるで"絵に描いたような"あの美人局の一件については、あまりにも矛盾なく整然と進行していたので、私の中では話が完結していました。
なので、特に確認したり、聞きたいことも思い浮かびません。
せいぜい「いくら払ったんだ?」くらいでしたが、それこそ余計な話だと思い、もうこの件には触れるのを止めました。
それに、もう終わったことです。
私はSにバンド再開の話を振ります。
「あのさ、ストラトを買おうと思っているんだよね。フェンダー・ジャパンだけど。今持ってるストラトは音がイマイチだから」
「へぇ~」
「だから、BBAの《Superstition》、もう一回演らない? 前回はテレキャスで失敗してるから」
「ストラトねぇ…レスポールじゃないの?」
Sは不満そうです。
「レスポールかぁ…、ギブソン、高いんだよなぁ…」
「グレコでもいいじゃん」
「う〜ん…」
Sの気持ちも分かります。
ジェフ・ベックのあの”太い音”が欲しいのです。
でも、私はレスポールを買うことに気乗りしていませんでした。
すると、
「いいじゃん、ストラトで演ってみれば」
カルボナーラを食べ終えたKでした。
Kは紙ナプキンで口を拭いながら続けます。
「取り敢えずストラトで演ってみようや、何も完コピする必要もないし」
Kもバンド再開の話に加わり、大体の曲目を決めてこの日はお開きになりました。
帰り道。
あんな衝撃的な話を聞いたにもかかわらず、私の中で燻り続けていた、Kに対する"あのイヤ〜な感じ"は湧き上がってきませんでした。
美人局に引っかかるKに、コレまで感じてこなかった"弱さ"とか"スキ"のようなモノを感じていたからでしょうか。
私は、Kがトイレに立つ際に見せた手刀を真似してみます。
「あっ…アイツ…」
私は立ち止まります。
あの手刀…ひょっとしてアレはKからSへの"キュー振り"だったのかも…
だとしたら、今日は全て、Kが考えたプロット通りに進行したことになります。
私は、フっと息を吐き、星の見えない夜空を仰ぎます。
何故か微笑んでしまいます。
しかし、この時の私はまだ知りません。
コレが"K劇場"の序章であることを。




