第8話 パーティー
荷車を引いて村の道を歩いている間も、俺は車輪の音など気にも留めず考え込んでいた。
これまでの回帰は、死んだあとに目を覚ますと決まって同じ場面から始まっていた。
だが今回は違った。俺が死んでから、かなり長い時間が経ってようやく過去に戻ってきたような気がした。
意識も、存在も、時間も空間もない無の世界に溶け込んでいたような……まるで冬眠していた獣のように、心の片隅がぽっかりと空いている感覚だった。
『俺が死んでからどれだけ経ったのかはわからないが、かなりの時間が過ぎたのは間違いない……。そして回帰の主であるあいつと一緒に、俺も今日に戻ってきたんだ』
最も可能性の高い推測ではあったが、疑問は依然として残っていた。
『回帰の基準になる出来事は何だ? 俺は回帰者じゃない。それなら、これを動かしているのはいったい……』
考えれば考えるほど頭の中が絡まり、答えは遠ざかっていった。回帰が発動する条件も、その意図も、正体のわからない回帰者の目的も、すべてが不明瞭だった。
「……オンさん! ……レオンさん!」
エレインの声に我に返ると、いつの間にか村の入り口を通り過ぎ、ギルドの前まで来ていた。
「えっ……?」
「さっきからずっと浮かない顔をしていますけど……大丈夫ですか?」
「え? ああ……大丈夫だよ。ちょっと考え事をしてただけだ」
適当にごまかしてから、荷車をギルドの建物の外に止めた。
今すぐ答えの出ない問題にこだわるより、目の前のことから片づけたほうがいいだろう。
エレインと一緒にギルドホールへ入ると、俺たちに気づいた受付嬢が眉をつり上げた。
「レオン・アルベンさん。思ったより早かったですね。ほら、簡単にはいかないでしょう?」
彼女は俺を上から下まで眺めると、納得したように苦笑した。
「それで……依頼を取り下げますか?」
「いや。依頼は達成したよ」
懐から討伐証明書を取り出して差し出した。
「ギルドの前の荷車に四匹いる。確認して精算してくれ」
受付嬢は証明書を受け取り、驚いたように俺を見つめた。
「……本当に討伐してきたんですね」
「だからそう言ってるだろ」
そう答えてから、ふと周囲を見回した。火災で村の半分近くが焼けたと聞いていたが、ギルドの建物には少し煤がついている程度だった。
「そういえば、この建物はほとんど火災の被害を受けてないんだな」
受付嬢はギルドの内部を一度見回してから頷いた。
「ああ、ギルドの建物には基本的な防御結界が張られているんです。火災や外部からの衝撃をある程度防いでくれます。もちろん、あらゆる被害を防げるわけではないので、大規模な災害や強力な攻撃には限界がありますけどね」
「なるほど……」
俺は頷いた。冒険者たちが集まる場所なのだから、これくらいの備えがあって当然か。
彼女は証明書を確認したあと、自然と俺の隣に立っていたエレインへと視線を移した。
「そういえば……隣の方は? 一緒に依頼をこなしたんですか?」
エレインは一瞬、俺の背後に隠れたあと、恐る恐る一歩前に出た。
「は、はい……! 偶然出会って、一緒に行動することになったんです。エレインと申します。駆け出しの冒険者で、魔法使いです。よろしくお願いします」
語尾が少し弱くなったが、受付嬢は特に気にした様子もなく頷いた。
「お二人はパーティーを組んでいるんですか?」
「パーティー?」
「はい。パーティーを組めば、一緒に依頼を受けて正式に報酬を分け合えるんです。これからも一緒に行動するつもりなら、今のうちに登録しておくといいですよ」
『パーティーか……』
まだお互いのことをよく知っているとは言えない。だが、一緒に魔獣と戦って、ある程度息が合うことは確認できた。
「君はどう思う?」
「あっ! えっと……いいと思います!」
返事を聞いた受付嬢は、俺たちをホールの片隅にあるテーブルへ案内した。
渡された用紙の上部には、大きくパーティー登録書と書かれていた。
その下には名前、年齢、職業、所属、パーティー名といった項目がずらりと並んでいる。
『確か、ギルドでは魔法を使って身分の真偽を確認するって話だったな』
いつまでも迷っている必要はなかったので、すぐにペンを手に取り、自分の名前を書いた。一方、エレインは名前一つ書くのにもずいぶん慎重だった。
「そんなに真剣に書かなくてもいいよ」
「初めてなので……間違えちゃいけないと思ってました」
エレインは顔を赤らめて用紙を見下ろした。俺は小さく笑ってから、残りの項目を埋めた。
書類を作成している間、受付嬢はパーティー登録に必要な事項をいくつか説明してくれた。
「正式な登録が完了するまでには数日かかりますが、今日からお二人はパーティーとして活動できますよ」
彼女が書類を整理していると、エレインがふと俺のほうを振り向いた。
「ところで……レオンさんには、叶えたい目標があるんですか?」
ペンを置こうとしていた手が止まった。
目標か……。
……。
そうだ。
目標ならあった。必ず果たさなければならない目標が。
俺は少し迷ってから口を開いた。
「……必ず殺さなきゃいけない相手がいる」
口に出してみると、思っていたよりも淡々とした言葉だった。
エレインは目を丸くした。
「殺さなきゃいけない相手ですか!? もしかして……魔王とか?」
「いや」
俺は笑って首を振った。
「もしかしたら、魔王よりも倒すのが難しい相手かもしれないな」
エレインは俺の表情をうかがうようにしばらく見つめてから、そっと口を開いた。
「……どんな相手なのかはわかりませんけど、レオンさんがそこまで思っているなら、きっと大切な理由があるんですよね」
彼女は少しだけためらったあと、小さく笑った。
「私たちはパーティーですから……。私にできることなら、何でも手伝います!」
「……」
今日初めて会ったばかりの相手だった。それなのに彼女は、俺が誰を殺そうとしているのか尋ねることも、それが本当に可能なのか問いただすこともしなかった。
「……ありがとう」
そう答えるのが精いっぱいだった。
受付嬢は俺たちの会話を聞いていたのか、いなかったのか、報酬の入った袋を二つテーブルに置いた。
「討伐した魔獣一匹につき銀貨五枚です。四匹なので、お二人にそれぞれ十枚ずつお渡しします」
俺は袋を手に取った。銀貨がぶつかり合い、心地よい音を立てた。
下級の依頼を転々としながら、その日暮らしを続けていた俺にとってはかなりの大金だった。
パン一個が銅貨五枚。宿屋の安い部屋が一泊銅貨三十枚ほどだったから、銀貨十枚なら銅貨千枚。少なくとも当面は金に困らずに済みそうだ。
「まとまった収入になったな」
「私もこんなに報酬をもらうのは初めてです! なんだか達成感がありますね」
エレインは報酬袋を両手で包み込んだ。少し前まで遠慮がちに周囲の顔色をうかがっていた姿とは違い、口元には隠しきれない笑みが浮かんでいた。
その姿を見て、俺も思わず笑みをこぼした。
「次はダンジョン討伐でもやってみるか?」
「ダンジョンですか?」
予想外の提案にエレインは目を見開いた。少し悩んでいた彼女は、やがて頷いた。
「……いいですね!」
「じゃあ、次の依頼はダンジョンにしよう」
淡々と答えたものの、心臓はかなり速く鼓動していた。
今までは目の前の問題に対処するだけで精いっぱいだった。魔獣に襲われ、エレインと力を合わせて生き延び、その過程でもう一度死を経験した。
だが次は、自分で依頼を選び、もう一歩先へ進めるかもしれない。
受付嬢は俺たちをちらりと見て、微笑んだ。
「ふふっ。お二人の武運を祈っていますね」
◇ ◇ ◇
ギルドでの用事を済ませた俺たちは、建物の外へ出た。
日が傾き始めた通りは、相変わらず人々で賑わっていた。火災で家を失った人々の復旧作業が続いている。
「私はそろそろ行きますね」
「泊まるところはあるのか?」
「まだなんです……。今日から探そうと思っていて!」
俺は周囲を見回した。火災のあと、家を失った人々が押し寄せたせいで、街中の宿屋はほとんど満室になっているだろう。
「街の中心部で部屋を探すのは難しいだろうから、郊外を当たってみるといい」
「確かに……。教えてくださってありがとうございます」
彼女が笑って背を向けようとしたとき、俺は少し迷ってから懐から小さな紙切れを取り出した。
「これは……?」
「……俺が泊まってる宿の場所だ。もし部屋が見つからなかったら、ここに来てもいい。広い部屋じゃないけど、何か困ったことがあったらいつでも訪ねてくれ」
「はい! 覚えておきますね」
エレインは紙切れを受け取り、微笑んだまま人混みの中へと消えていった。
俺はしばらくその後ろ姿を見つめてから、歩き出した。
『今日はずいぶんいろんなことがあったな』
魔獣の討伐に成功し、パーティーもできて、当面の生活費も手に入った。いつもなら満足できる一日だっただろう。
だが、指にはめた指輪が目に入ると、気分はたちまち沈んだ。
さっきエレインに言った言葉が蘇る。
『必ず殺さなきゃいけない相手がいる』
俺は足を速めた。頭を働かせるのも、答えの出ない疑問にしがみつくのも、もううんざりだった。だからといって忘れられる問題でもないのだが……。
◇ ◇ ◇
宿に戻った俺は、部屋に入るなりベッドに腰を下ろし、そのまま倒れ込むように横になった。
「ああ……疲れた」
左手を伸ばし、指輪を見つめた。
「……無限に回帰する奴を、俺はどうやって殺せばいいんだ?」
回帰者が死んでも過去に戻れるのなら、普通の方法では殺すことすら不可能なのかもしれない。仮に見つけ出せたとしても、俺に太刀打ちできるのかどうかわからなかった。
少し前、エレインには魔王よりも倒すのが難しい相手だと言った。
あれはハッタリではなかった。むしろ、口に出してみて初めて現実がより鮮明になった。
「くそっ……」
指輪をはめた手を握りしめた。
「弱点は必ずあるはずだ。永遠に無敵な奴なんていないんだから……」
確信があって言ったわけではなかった。そうでも考えなければ、今すぐ何もできなくなりそうだった。
「いや、違うな……。今は強くなることだけ考えよう」
答えの出ない考えはひとまず脇に置くことにした。ダンジョンだろうが何だろうが、まずはこの痛む体を休めるのが先だ。
「……明日は街でも見て回るか」




