第11話 小さな泥棒③
一つの剣先をかわすと、もう一方の刃がすかさず迫ってきた。
──ガキンッ! 鋼と鋼がぶつかり合い、火花が散った。痺れるような衝撃が手首を伝い、肘まで駆け上がる。
速い。
痩せた警備兵の剣撃は途切れなかった。反撃どころか、息をつく暇さえない。
「はあっ!」
斜めから斬り込んでくる剣を、首をひねってかわした。冷たい切っ先が顎のすぐ下をかすめていく。
直後、背後から重々しい気配が襲いかかってきた。体格のいい警備兵だ。
身を低くした。太い刃が頭上の空気を切り裂いて通り過ぎ、そのままドンッと石畳を打ち据えた。跳ねた石片が頬をかすめる。
『くそっ。やっぱり二人を同時に相手にするのは無理があるか……!』
再び痩せた警備兵の剣が飛んできた。横に足をずらして受け流し、そのままセイント・ポールを振るう。
届かない。ほんのわずかな差だった。
『やっぱり侮れないな……』
ただ速いだけの剣ではない。腰、肩、手首の動きが淀みなくつながり、こちらの隙を正確に突いてくる。一度でも対応を誤れば、それで終わりだ。
「チッ……!」
舌打ちした。呼吸が徐々に荒くなっていく。このままでは体力勝負で押し負ける。
「ほお、駆け出しのくせに、なかなか粘るじゃねえか。キシシ……だが、結果は見えてるぜ」
──再び刃がぶつかり合った。
『こうなったら……!』
セイント・ポールにマナを集中させた。指先から始まった感覚が腕を伝って流れていく。やがて、剣身に青い光が宿った。
──!
痩せた警備兵の表情が強張った。慌てて自分の剣にもマナを込めようとしたが、もう遅い。
「はあっ!」
二本の剣が正面から激突した。痩せた警備兵の腕が大きく弾き上げられる。
バキィッ──!
鋭い破裂音とともに、男の剣が粉々に砕け散った。
「なっ……!?」
驚愕に歪んだ顔が目に入ったが、それを味わっている余裕はなかった。
体格のいい警備兵が隙を狙って剣を振り下ろしてきた。
体をひねって刃をかわし、そのまま足を振り上げて腹を蹴り飛ばす。
「ぐはっ!」
巨体が石畳の上を転がった。
『よし、一人は……!』
「!?」
──その瞬間、右肩に鋭い痛みが走った。
手から力が抜けた。セイント・ポールが滑り落ち、ガシャンと音を立てて地面を転がった。
「くっ……!」
反射的に振り返ると、痩せた警備兵が砕けた剣の柄を握りしめていた。根元に残った刃にマナを込め、剣気を飛ばしたらしい。
「キシシ……油断したな……!」
肩を押さえた。指の間から熱い血が流れ落ち、鉄臭い匂いが鼻をついた。
『くそっ……』
ドン、ドン。
重い足音が聞こえた。顔を上げると、体格のいい警備兵が再び立ち上がろうとしていた。口元には血がつき、怒りで充血した目が俺を射抜くように睨みつけている。
「終わりだ!! 雑魚野郎!」
男が巨大な剣を振り上げて叫んだ。
歯を食いしばり、セイント・ポールに向かって手を伸ばした。
肩が疼く。腕が思うように動かない。
間に合わない。遅い。遠い。届かない──!
──!!!!
そのとき、巨大な石が空を切って飛んできて、体格のいい警備兵の脳天に直撃した。
「げはっ……!」
鈍い音とともに男は白目を剥いて倒れた。巨体が石畳に叩きつけられ、土埃が舞い上がる。
『な、何だ……?』
考えるより先に体が動いていた。
「はあっ!」
残った警備兵の胸を蹴り飛ばした。
「ぐっ、ぐううっ……!」
男は倒れた仲間のそばまで吹き飛んだ。腹を押さえて呻いているのを確認して、ようやく俺は息を吐いた。
「はあ……はあ……」
肩からはまだ血が流れていた。傷口を押さえながら、石が飛んできた方向を見上げる。
……。
風に揺れる金色の髪が見えた。城壁の上に少女が立っていた。壁の端にぶら下がるようにして、こちらを見下ろしている。
『あいつが石を……』
あの小さな体で、あんな大きな石を投げたのか。なかなかやるじゃないか。
俺が呆然と見つめていると、少女は手を振りながら叫んだ。
「今から降りるから、受け止めて!」
「はあ!?」
返事をする暇もなかった。
少女はためらうことなく、城壁から身を投げた。
「お、おい! お前、正気か──!」
慌てて両腕を広げる。
──!
「うぐっ……!」
衝撃で尻もちをついた。少女まで受け止めたせいで、全身が痛む。
『こいつ、怖いもの知らずにもほどがあるだろ……!』
幸い、村の内側にある低い城壁だったため、大した怪我はしていないようだった。少女は何事もなかったかのように立ち上がった。体についた埃を十分に払ってから、俺に銀貨袋を差し出した。
「はい、これ」
さっき警備兵たちに奪われた袋だった。
俺は手を伸ばしかけて、ふと少女の顔を見つめた。
陽を背にした少女の髪が風に揺れていた。逆光に隠れた顔は、淡い光に包まれているように見えた。
『……あれ?』
気づけば、俺は無意識に手を伸ばしていた。
少女が何かを言っているようだったが、不思議と声が耳に入ってこなかった。ただぼんやりと、その顔を見つめていた。
「?」
少女が首をかしげた。
そこでようやく我に返った。
「あ、いや。それはお前が持っておけ」
「……え? そんなわけにはいかないよ! こんなに助けてもらったのに」
「俺はまた稼げばいい。その金でお母さんを助けてやれ。それと、もう二度と盗みはするな」
少女は何かを言いかけて、口を閉じた。目元が赤くなっていたが、とうとう泣き出すことはなかった。
「ゴホッ……!」
そのとき、倒れていた痩せた警備兵がふらつきながら立ち上がった。男は気絶した仲間を肩に担ぎ上げると、俺たちを睨みつけた。
「お、お前ら……ロシュバーン家が絶対に許さねえからな! 覚悟しておけ……!」
脅すときだけは威勢がよかったが、体は今にも倒れそうなほどふらついていた。結局、男は仲間を引きずるようにして逃げていった。
その後ろ姿を眺めていると、少女と目が合った。
「ぷっ……」
俺たちは同時に吹き出した。
「ぷははは!」
あまりにも間抜けな姿だった。おかげで張り詰めていた緊張も、少しは和らいだ。
少女はポケットから小さなハンカチを取り出し、俺の肩に当てた。使い込まれ、ところどころ擦り切れていたが、きれいに手入れされているのがわかった。
「くっ……もう少し優しくしてくれ」
「我慢してよ。冒険者になったなら、これくらい耐えなきゃ」
少女は慎重にハンカチを結んだ。布が傷口を押さえると、痛みが少し和らいだ。
「これで少しはマシになった?」
「ああ。ありがとう」
俺は立ち上がった。
「さて、家に帰ろう」
少女も立ち上がったが、すぐに足を止めた。
「でも……その前に、やることがあるんだ」
「やること?」
少女は答える代わりに、俺の服の裾を引っ張った。
◇ ◇ ◇
たどり着いたのは、さっき少女が果物を盗んだ店だった。日が傾き、店先にも赤い夕焼けが差し込んでいた。
少女は入り口の前で少しためらってから、おずおずと口を開いた。
「あ、あの……」
しばらくして扉が開き、果物を売っていたおばさんが顔を出した。おばさんは少女に気づくと、目を大きく見開いた。
「お前は……さっきの泥棒?」
少女はびくりとしたが、すぐにうつむき、持っていた小銭を数枚差し出した。
「ごめん……盗んだ分を返しに来たんだ。もう二度としないから」
おばさんは小銭を受け取り、少女をしばらく見つめていたが、やがてため息をついた。
「みんな大変なんだよ。火事で家まで失ったんだからね……。それでも、盗みはいけないよ。わかった?」
「うん……」
「もう二度としちゃダメだよ。それに、本当に食べるものがないなら、せめて相談してみな。ご近所同士、助け合って生きていかなきゃね」
少女は何度も頭を下げた。おばさんの温かい言葉に胸が詰まったのか、目元を拭う姿が見えた。
俺は黙って少女の頭に手を置いた。
「帰ろう」
◇ ◇ ◇
店を出て少女の家へ向かう途中、ふと気になることが浮かんだ。
「ところでお前、盗みはどこで覚えたんだ?」
「わかんない。小さい頃から、ほかの人に気づかれないように動くのが得意だったんだ。もともとそういう体質なのかも」
「そんな才能があるなら、結構使えそうだな」
「確かに、さっき銀貨袋を盗んだときも気づかなかったでしょ~?」
少女はくすくすと笑い、憎たらしい顔をした。
「この野郎……」
そんなやり取りをもう少し続けるうちに、いつの間にか少女の家に着いていた。
崩れた塀に、火事の跡が残る屋根。相変わらず粗末な家だったが、少女は慣れた様子で玄関の前に立った。
「今日のこと……本当にありがとう。心から感謝してる。それじゃ、またね!」
「ああ。気をつけて帰れよ」
俺は手を振って背を向けた。
「あっ、ちょっと待って!」
少女の声に足を止め、振り返った。少女が何かを手に握ったまま、こちらへ駆け寄ってきた。
「これ、受け取って」
俺は何気なく手を差し出した。
「……!」
それを目にした瞬間、目を見開いた。
ひんやりとした金属の感触。小さく硬いプレート。銀で精巧に細工された表面には、見覚えのある紋章が刻まれていた。
これは……。
「……ロシュバーン家の騎士章!?」




