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「7月91日」  作者: S


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8/10

【第七章】君と作る、最後じゃない夏

限られた時間だからこそ、輝く瞬間がある。


失うことを恐れて立ち止まるのか。

それとも、残された時間を大切な思い出で満たすのか。


星の秘密を知った蓮は、初めて向き合う。


終わりがあるからこそ、大切にできるもの。


二人が作る「7月91日」は、ただ長い夏を願うためのものではない。


一日一日を、誰よりも強く生きるための時間だった。

星の秘密を知ってから、数日が経った。


僕はまだ、あの日のことを受け止めきれていなかった。


病室で笑う星。


いつもと変わらない声。


いつもと変わらない仕草。


でも。


そのすべてに「限られた時間」という言葉が重なって見えた。


「蓮くん」


中庭のベンチで、星が僕の顔を覗き込む。


「また難しい顔してる」


「……」


「最近そればっかり」


「だって」


言葉が詰まる。


だって。


星がいなくなるかもしれない。


そう考えるだけで、胸が苦しくなる。


「私、怒るよ」


「え?」


星は少し頬を膨らませた。


「せっかく残りの時間を楽しく過ごそうとしてるのに、蓮くんがずっと悲しい顔してたら」


「でも……」


「でもじゃない」


星は僕を見る。


「私が欲しいのは、泣いている蓮くんじゃない」


「……」


「笑ってる蓮くん」


その言葉に、胸が締めつけられた。


「勝手だな」


「うん」


星は笑った。


「幼馴染みだから」


昔と同じ笑顔だった。


僕は、少しだけ笑った。


「じゃあ何するんだよ」


「え?」


「残りの時間」


星は目を輝かせた。


「いっぱいあるよ」


「いっぱい?」


「やりたいことリスト作ったから」


そう言って、星は一枚の紙を取り出した。


そこには、たくさんの文字が並んでいた。


・海を見る

・一緒に料理する

・昔できなかったことをする

・蓮くんのピアノを聴く

・夏の終わりを見る


「最後のやつ何だよ」


僕が聞くと、星は少し笑った。


「夏って、終わる瞬間が一番綺麗だから」


「変なこと言うなよ」


「本当だよ」


星は空を見る。


「終わるって分かってるから、大切にできるものもあるんだよ」


その言葉が、心に残った。



数日後。


僕たちは海へ行った。


病院から少し離れた、小さな海岸。


波の音。


潮の匂い。


夏の太陽。


「綺麗だね」


星が呟く。


「前にも来たことあるだろ」


「昔と今は違うよ」


「何が?」


「隣にいる人」


その言葉に、僕は何も返せなかった。


砂浜を歩きながら、星は笑う。


「ねえ、蓮くん」


「何?」


「私がいなくなっても」


「……」


「音楽、続けてね」


足が止まる。


「そんなこと言うなよ」


「約束」


星は小指を差し出す。


昔から変わらない仕草。


「約束」


僕はその小指を見る。


本当は嫌だった。


そんな未来を約束したくなかった。


でも。


星の願いを拒むこともできなかった。


「……分かった」


小指を絡める。


「絶対」


星は嬉しそうに笑った。


その日の夕方。


僕は音楽室でピアノを弾いた。


まだ完璧じゃない。


まだ痛みもある。


でも。


音は確かに届いた。


窓の外から、星が聴いていた。


「蓮くん」


演奏が終わると、星が言った。


「今の音、好き」


「下手だっただろ」


「ううん」


星は首を振る。


「今までで一番、蓮くんらしい音だった」


その言葉を聞いた瞬間。


僕は初めて思った。


失ったものだけを見ていた自分は、もういない。


星がくれた時間が、僕を少しずつ変えていた。


そして僕は決めた。


この夏を。


この時間を。


絶対に忘れないものにすると。


7月91日。


存在しないはずの日々を。


僕たちの手で、本当に存在させるために。

第七章まで読んでいただき、ありがとうございました。


今回は、星の秘密を知った蓮が、悲しみに沈むのではなく、残された時間をどう過ごすのかを描いた章でした。


大切な人との時間には、終わりがあるからこそ生まれる輝きがあります。


海へ行ったこと。

ピアノを聴かせたこと。

何気ない会話を交わしたこと。


一つひとつの出来事は小さくても、二人にとってはかけがえのない「存在した日々」になっていきます。


そして、蓮が奏で始めた新しい音。


それは失った過去を取り戻すためではなく、今の自分だからこそ生み出せる音になっていきます。


物語はいよいよ終盤へ向かいます。


二人が過ごす最後の夏に、どんな意味が残されるのか。


最後まで見届けていただけたら嬉しいです。


感想や応援、ブックマークなどが執筆の励みになります。


次章もよろしくお願いいたします。

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