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「7月91日」  作者: S


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2/11

【第一章】雨の日のピアノと、嘘の始まり

この物語は、夢を失った少年と、秘密を抱えた少女が過ごす、ひと夏の物語です。


何気ない会話や音楽、そして少しだけ不思議な「嘘」が、二人の止まってしまった時間を少しずつ動かしていきます。


最後まで見届けていただけたら嬉しいです。

翌日。


朝から降り続く雨が、病院の窓を静かに叩いていた。


昨日までの眩しい青空は姿を消し、世界は灰色のヴェールに包まれている。


約束どおり、僕は中庭へ向かった。


けれど、いつものベンチに星の姿はなかった。


「白石さんなら、リハビリ棟の音楽室にいますよ。」


すれ違った看護師さんが、そう教えてくれた。


音楽室なんて、この病院にあったのか。


半信半疑のまま廊下を歩き、古びた木製の扉を開ける。


その瞬間だった。


ポーン――。


たった一音。


柔らかく響いたピアノの音が、静かな部屋いっぱいに広がった。


決して難しい曲ではない。


けれど、その一音だけで胸の奥が締めつけられる。


窓際のアップライトピアノには、星が座っていた。


点滴の管を腕につけたまま、小さく身体を揺らしながら鍵盤に触れている。


雨音と混ざり合う旋律は、不思議なくらい優しかった。


「来てくれたんだ。」


僕に気づいた星が振り返る。


「昨日、約束したでしょ?」


「……音楽室なんてあるなんて知らなかった。」


「入院してる人のための部屋なんだって。」


星は嬉しそうに笑う。


「ねえ、蓮くん。」


そう言って、鍵盤から手を離した。


「このピアノ、弾いてみない?」


思わず右手を見つめる。


まだ思うようには動かない。


「無理だよ。」


「無理って決めるの、早くない?」


「医者にも言われた。もう前みたいには弾けないって。」


言葉にした瞬間、胸の奥の痛みまで蘇ってきた。


星は静かに立ち上がると、僕の隣へ歩いてきた。


「ねえ。」


小さく笑う。


「音ってね、上手い人だけのものじゃないんだよ。」


その言葉に、僕は返事ができなかった。


「蓮くんの音は、ちゃんと生きてる。」


そう言って星は、もう一度鍵盤に指を置く。


雨音に寄り添うように流れ始めた旋律は、どこまでも優しかった。


その日、僕はまだ知らなかった。


彼女が毎日この音楽室へ通う本当の理由も。


「七月が、もう少しだけ続けばいい。」


その願いに隠された、あまりにも切ない嘘も。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


第一章はいかがでしたでしょうか。


蓮と星の出会いは、まだ物語の始まりに過ぎません。

この先、二人の距離が少しずつ縮まり、「7月がもう少しだけ続けばいい」という星の言葉の意味も明らかになっていきます。


少しでも「続きが気になる」と思っていただけたら、とても嬉しいです。


感想や応援、ブックマークをいただけると、これからの執筆の励みになります。


次回もよろしくお願いいたします。

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