第三十一話 覚醒
兎型の《竜》によって、殺されそうになる凍冷蒼。
そんな彼女に手を伸ばし、涙を流しながらアリスは走る。
しかし届かない。
少女の手は大切な人に届かなかった。
(嫌だ!)
アリスは顔を歪めながら、心の中で叫ぶ。
(嫌だ!!)
全身が凍るような苦しさと絶望を感じながら、アリスは手を伸ばす。
(嫌だ!!!蒼を……失いたくない!)
氷の如く冷たい少女。
しかし本当の彼女は優しく、笑うと兎のように愛らしい。
それを知っているアリスは、走るのをやめなかった。
なぜなら、
(蒼は……蒼は私にとって大切な!)
アリスは心の中で叫ぶ。
(大好きな女の子だから!!)
スローモーションの如く遅くなった世界で、アリスは大声で叫ぶ。
「だめえええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
次の瞬間、アリスの髪と瞳が黄金色に輝く光り出した。
そしてアリスは全てを思い出す。
自分が何者なのか。
自分の過去がなんなのか。
自分はなにができるのか。
(ああ……そっか……私は……)
アリスはガスマスクの下で唇を噛む。
(きっと……この力を使えば蒼は助けられるけど、きっと……もう一緒にはいられない)
涙を流しながらアリスは目を閉じる。
だがすぐに目を開け、覚悟を決めた表情を浮かべた。
(それでも……私は!蒼を助けたい!そのためなら……)
金色の髪と瞳を持つ少女は、心の中で叫ぶ。
(化物になっていい!)
<><><><>
兎型の《竜》の攻撃が襲い掛かり、死を感じた蒼。
彼女は近づいてくるアリスを見ていることしかできなかった。
(ああ、私は死ぬのね。……死ぬ覚悟はもうとっくにできてたのに、アリスと一緒にいられなくなるって思ったら……怖いわ)
胸が苦しくなるのを感じながら、蒼は恐れた。
大切な人といられなくなるのを。
それと同時に蒼は強く願う。
(どうか……アリス……あなただけでも生きて)
時が遅くなった世界で、《竜》の攻撃が蒼に直撃しようとする。
しかしその時、《竜》と蒼の間に巨大な光の剣が突如として出現。
斬撃能力を持つ《竜》の尻尾攻撃を光剣が弾いた。
金属同士が激しくぶつかったような大きな音が鳴り響く。
「え?」
なにが起きたかわからず蒼は呆然とする。
目を大きく見開く蒼は、心の中で混乱していた。
だが頭では冷静に光の剣を生み出したのが誰なのか理解する。
蒼は光剣を生み出した者に目を向けた。
「アリス……」
蒼の瞳に映るのは、長い髪と瞳を黄金に輝やかせるアリスの姿。
眩しく輝く少女の背中には光の輪っかが出現しており、まるで輪光のよう。
「蒼は……死なせない」
アリスは右手を振るった。
すると彼女の周りに無数の光の剣が出現。
まるで魔法のような現象に蒼は言葉を失う。
「行って」
主の命令に従い、無数の剣は一斉に飛んだ。
まるで意思があるかの如く光剣たちはジグザグに空中を超高速飛行し、兎型の《竜》に襲い掛かる。
《竜》は異常に発達した両脚で素早く回避。
しかし無数の光剣は《竜》を追いかける。
どれだけ逃げても剣は兎に襲い掛かった。
逃走は不可能。
そう理解する知能があったのか、兎型の《竜》は大剣の如き尻尾で光剣を切断。
しかし全ての光剣を破壊することができず、兎型の《竜》の身体に突き刺さる。
飛び散る赤い血。
口からフシュ―と煙を吐く《竜》の目の色が変わった。
その瞳に宿るのは、獲物を見るものではない。
純粋な敵意だ。
アリスを完全な敵と認識した兎型の《竜》は、目に止まらない速さで飛び蹴りを放つ。
しかしその動きを予想していたのか、アリスは光の盾を生み出し、《竜》の蹴撃を防ぐ。
大きな衝突音が鳴り響き、周囲にあったものが吹き飛ぶ。
《竜》に蹴られた光の盾は一瞬で凍結。
甲高い音を立てて、砕け散った。
「くっ!」
顔から汗を流すアリスは、空中に六本の巨大な光の剣を生成。
まるで演奏するために指揮棒の如く、彼女は手を振るう。
聖女の命令に従い、巨大な光剣たちは激しく動く。
それを迎え撃つは、兎型の《竜》の尻尾の斬撃と強烈な蹴撃。
攻撃と攻撃が真正面から高速にぶつかり合う。
火花が飛び散り、聖女と《竜》は連撃を止めない。
二匹の化物にあるのはただ一つ。
目の前の敵を殺すことのみ。
聖女の光剣は一本ずつ砕け散り、《竜》の尻尾と脚が傷だらけになっていく。
アリスと《竜》の口から荒い息が漏れる。
そして、
「ハァァァァァァァァァ!」
残り一本になった巨大な光剣で、アリスは兎型の《竜》の身体に深い傷を刻み込む。
甲高い音を立てて、砕け散る最後の巨大光剣。
大量の血が地面を赤く染め、《竜》の口から悲鳴が上がる。
一瞬だけ動きを止めた絶対捕食者。
その隙を聖女は見逃さない。
「これで……終わりだよ」
光の矢を生み出し、アリスは弓に装填。
狙いは兎型の《竜》。
狩人の如き鋭い目で獲物を睨んだ彼女は、矢から手を離す。
直後、弓から極太の光線が放射。
空気が振動し、一瞬だけ眩しく照らされる街。
光線は《竜》の頭を一瞬で消し飛ばす。
頭を失った兎型の《竜》はゆっくりと地面に倒れる。
災害モンスターである《竜》を倒したアリスに、蒼は驚きを隠せなかった。
「光の……聖女……」
自然と蒼の口からその言葉が出た。
光の魔法でモンスターを倒す聖女。
まるでファンタジー世界の住人の如き戦い。
ありえない。理解不能。夢なのか。
蒼は目の前の光景が現実だと信じられなかった。
「うっ……」
アリスはゆっくりと地面に倒れ、気を失う。
黄金に輝いていた髪はただの髪に戻っていく。
「アリス!」
蒼は慌ててアリスに駆け寄る。
「アリス!起きて、アリス!アリス!!アリス!!!」
常に冷静でいる氷の女王。
彼女はこの日、数年ぶりに取り乱した。




