98. 8回目の世界
ジネットの話を聞く限り、タイムリーパー・ビンルイは必死に未来を変えようとしていることは分かった。その為に勇者が召喚されたことは間違いなさそうだ。気になることは、
「タイムリーパーが8回目でエンガ王国ではなくベンチャ王国を選択した理由は?」
「8回目に戻ったのは、7回目に戻った時点と同じ時点やったそうです。エンガ王国でサンバチスト様に近づこうとすると7回目と同じルートが最短になり、そうなると同じ未来になる可能性が高いと考えて、違う選択肢を選ぶことにしたようです。それがベンチャ王国のクレマンス様経由。ウィザード・ファビアンを経由するよりも早く近づける可能性に賭けたちゅうことです」
「ウィザード・クレマンスに近づくために魔法学校に入り込んだということですね」
「ええ、クレマンス様に一番早く近づける場所としてベンチャ王国の魔法学校を選んだそうです。もし失敗したとしてもこの選択をした時点に戻るだけだから、9回目では再びエンガ王国のルートも選択できると考えたようです」
「結果として7回目よりも早くサンバチスト様に近づけて、早く勇者を召喚することになった結果、人魚も同時に召喚されてしまった…?」
「そういうことのようです」
遥が私に小声で話しかけてくる。
「エイタ君は必ず召喚される運命だったけど、ママはたまたま巻き込まれたということ?」
私は頷いた。
「タイムリーパーの話が本当なのであれば、そういうことになる」
「タイムリーパーの7回目以前の世界線ではママは行方不明になってなかった。私はママと暮らしてるし、夏ちゃんも私を背負ってない人生を送ってるんだ。もしかしたら夏ちゃん結婚してるかもしれない」
遥の言葉に急に重みが入った。
「今だって遥を背負ってるだなんて思ってないよ。結婚もどうせしてない」
そこにマルセルが入ってきた。
「夏子と遥だけじゃない。その世界線ではきっと夏子と遥は竜巻に巻き込まれないし、二人がこの世界に来てないなら俺もヤニックも今ベンチャ王国にいることもない」
ヤニックも頷いた。
「確かにそうですね。逆に言えば、8回目の今の世界線でタイムリーパーがエンガ王国ではなくベンチャ王国を選択したことで、僕たちの運命が変わった。人魚が巻き込まれて召喚されたことで、夏子と遥が一緒に暮らすことになって、一緒に暮らすことになった結果、同時に竜巻に巻き込まれてこの世界にやってくることになった。たまたま着いた先がアドリア村だったことで、僕とマルセルは二人に出会い、今ベンチャ王国にいるということですよね」
私は頷いて、被せるように言った。
「私たちだけではなく、ハッシュの漁師たちは巨大リュキャーンの遭うこともなかったし、ハイリスの人たちが醤油や味噌を作ることもなかった。アルノルドさんのギガンモーレイの仕事だって本来他の人と行っていた仕事を私たちが奪っていたかもしれない。アドリア村でもヤニックが離れたことで誰かが違う動きをしているかもしれない。つまりタイムリーパーの選択変更によって少しずつ何かが変わってる」
マルセルが頷く。
「タイムリーパーが言った『人が絡んだ出来事は変わることがある』というのはそういうことだ」
ジネットが頷いた。
「そうですね。ビンルイがベンチャ王国を選択していなければ、私もあなた方に出会って、タイムリーパーの話をすることもなかったでしょう」
遥がボソっと言った。
「最近見たドラマか何かで台詞があった。アメリカの何とかという学者が言った話。ブラジルでの蝶のはばたきがテキサスに竜巻を引き起こすって話。えっと…」
「バタフライエフェクト?」
「そうそうそう!ちょっとした変化が全然無関係と思われる場所に想定外の大きな変化をもたらす、みたいな。7回目と違う未来にするためにタイムリーパーはベンチャ王国を選んだんだ」
遥がジネットの方に少し身を乗り出して訊いた。
「私たちもタイムリーパーに会えますか?私たちの運命を変えた人に会ってみたいです」
ジネットは首を傾げた。
「どうでしょう。彼はもうこの国にはおりませんので。でも、勇者パーティを探しているちゅうのであれば、いずれ会えるんやないでしょうか」
「それってつまりタイムリーパーは勇者パーティと一緒にいるということですか?」
ジネットは首を捻った。
「確実ではないんです」
「勇者パーティと一緒にエンガ王国に向かったのではないのですか?」
「ビンルイが勇者パーティに入ったという話は聞いてないんです。ただ、勇者パーティがエンガ王国に向かった同じ時期に魔法学校を辞めたんです。辞めた理由を誰も聞いてないんですが、みんな勇者パーティと一緒に行ったんやないかと話してます」
同じ時期にベンチャ王国から姿を消したのであれば、ジネットが言うように勇者パーティと同行している可能性はあるかもしれない。
次いでマルセルがジネットに質問した。
「サンバチスト様が消えたこととタイムリーパーは何か関係が?」
ジネットは首を横に振った。
「それは私には分かりまへん。魔法学校を退職して半年経ちますので最近の情報は届いてなくて」




