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82.食堂シンファル

 主人と思われる男性は、


「水はあそこから適当に取って」


 と壁際を指した。そこには空のグラスと水の入ったピッチャーが並んでいた。

 私たちは各自グラスを手に取り、水を入れ、テーブルに戻った。テーブルに戻ると、すぐにお通しが出てきた。


「枝豆だ!」


 遥のテンションが急激に上がった。

 私も遥も日本のノリでそのまま水で乾杯しそうになったけれど、マルセルとヤニックが当たり前のように右手を胸に当てたのを見て慌てて続いた。そして目を閉じ、全員で口にした。


『サンバチスト様、この食事に祝福を、そして命に感謝を込めて』


 そして私たちは水で「おつかれさま」と乾杯をした。


「ヤバい、美味い。日本と同じ味」


 遥が枝豆を口に入れた途端に言った。

 続いて私も頬張った。遥の言う通り日本でよく食べていた枝豆の塩ゆでそのものの味だった。この世界に来てまだ数日だけれど、かなり懐かしい気持ちになった。


「なんか、期待しちゃうよ。この後に出てくる料理。漁師の料理でしょ。絶対美味しいよ」


 遥の顔に期待と言う文字が書かれているように見える。

 ヤニックがマルセルに、


「この豆は何ですか?」


「枝豆だ」


 私と遥は同時に顔を見合わせてからマルセルに確認した。


「この世界でも『枝豆』と呼ばれるの?」


「そうだ。この辺りで最近できた新種の豆であまり出回ってないから、ヤニックが知らなかったのも当然だ。ハッシュでも対抗して新種の豆を作ろうとしたらしいが、今のところ成功はしてないようだ」


「そうなんだ。お土産で買っていきたいな」


 私たちは枝豆をあっという間に食べ終わる。そこにタイミングよく新たな料理が運ばれてきた。


「ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい」


 と遥が口にする。

 運ばれてきたのはお吸い物のようなスープと刺身の盛り合わせだった。しかし醤油とワサビはない。刺身は漬けになっている。

 私はスープを飲む。だし汁の味がしっかりしている。ほんのり塩と醤油の味もする。具は魚のつみれになっている。

 次に刺身。見た目だけで判断すると左からカンパチ、ブリ、鯛だ。残念ながらマグロは無い。私は漬けカンパチを口に入れる。ワサビが無いことに物足りなさは感じるものの、日本で食べていた刺身そのものだ。思わずため息をついた。

 マルセルは首を傾げて聞いてきた。


「口に合わなかったか?ため息なんてついて」


「違う違う。口に合いすぎて思わずため息が出たの。美味しい」


「ややこしい反応だなあ。で、ヤニックは大丈夫か?」


 とヤニックに話しかける。

 目の前の料理に夢中になって、ヤニックが生魚を前に固まっていたことに気づいていなかった。


「これ、生ですよね?」


 ヤニックが不安そうに聞いてくる。


「生だよ」


「大丈夫なんですか?お腹壊したりしませんか?」


 何も考えないで口にしたけれど、確かにこの世界に寄生虫の概念はあるのだろうか。この世界にアニサキスライトなんて無いだろうし…


「どうだろう。この世界はアニサキスの処理とかしてるのかな」


「アニサキス?」


「食中毒の元になる寄生虫。それさえ無ければお腹壊すことはないと思う」


「どんな虫ですか?」


「線みたいな細長いもの」


 ヤニックはジッと刺身を見る。

 そんな会話をしている私たちにマルセルが言った。


「大丈夫だ。食中毒が起きないように処理されてる。漁師はその道のプロ集団だ」


 どういう処理をしているのかは気になったけれど、そう言われると大丈夫な気がしてきた。

 ヤニックは恐る恐るカンパチの刺身を口に運ぶ。


「どう?」


 遥が心配げにヤニックに訊ねる。


「初めての感触です…」


 顔に得意な感触ではないと書いてるように見える。


「味は?」


「味も初めての味です。でも、何度か食べれば慣れると思います」


 私も遥も、慣れてほしい、好きになってほしいという想いで頷く。

 しかしマルセルが直後に辛辣な言葉を放った。


「残念ながら、このあと慣れる場はない。生魚を食べる文化があるのはハイリスとハッシュだけだ」


 私と遥は同時に「そうなの?!」とマルセルに訊いた。


「海が近い、新鮮、調理できる人材がいるという条件が揃うのがこの港町だけなんだ」


 遥が鯛の刺身を箸で持って眺め、


「この世界で最後の刺身になるということか…ありがたくいただかなきゃ」


 と言って、ゆっくりと噛み締めている。

 私も刺身の一枚一枚を大事に噛み締める。

 ヤニックも「んー」と言いながら何とか食べている。

 私たちが食べ終わったころ、今度は焼き魚が出てきた。カマスのような魚の塩焼きだ。

 私も遥も焼き魚を口にして、同時にため息。美味しい。


「分かりにくい美味しさ表現するよなあ」


 マルセルが呆れたように言ってくる。


「これは僕の口にも合います!」


 ヤニックが嬉しそうに主張する。

 そして焼き魚の後に届いたのがてんぷらの盛り合わせだった。


「何ここの料理。完全に和食のコース料理じゃん」


 遥が嬉しそうにエビのてんぷらを箸で持った。それ以外にカボチャ、イカ、白身の魚、ニンジンのてんぷらがある。

 天つゆはない。塩で食べるスタイルになっている。


「美味しい!天つゆ欲しいけど、塩でもいいや」


 遥は満足げに頬張る。

 一方、私は丁寧にてんぷらの衣を外している。

 それを見てヤニックが困ったようで訊いてきた。


「何してるんですか?この外の皮を剥いだ方が良いんですか?」


「ヤニックは遥と同じようにそのまま食べて。私は苦手なだけだから」


 そんなこんなで最後の料理が出てきた。私は期待していた。この流れならお米が出てくると。しかし、テーブルに出されたのは、


「すいとん?!」


 遥が驚いた。

 それはまさしく”すいとん”で、醤油ベースのスープに、すいとん、豚肉っぽいもの、ニンジンっぽいもの、大根っぽいもの、えのきっぽいものが入っている。

 私は一口飲んだ。紛うことなき”すいとん”だった。


「ちょっとご飯を期待しちゃってたけど、すいとん汁でも十分テンション上がる」


 遥が私に言ってきたので、「私も」と返した。

 ヤニックは一口飲んで「これ、美味しいです」と満足げにすいとんを食べている。

 私たちがすいとんを食べ終わった後、くし形切りされたソルダムっぽいミュルボがデザートとして出てきた。そして、茶色い茶が同時に出された。紅茶かと思ったけれど、少し違う。


「これ、何のお茶?紅茶っぽいんだけど紅茶じゃない感じ」


 一口飲んだ遥が訊いてきた。

 そこへ店主と思われる男性がやってきた。


「紅茶のほうじ茶や」


「紅茶のほうじ茶?」


「紅茶の茎の部分を煎ってたものやな」


 私はマルセルに恐る恐る「この世界にはほうじ茶が存在するの?」と訊いた。

 マルセルは首をひねる。

 その小声が聞こえていたようで、店主と思われる男性が答えてくれた。


「これはな、ちょっと前に知り合った人物から教えてもらったんや」

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