77.ロッジ川
イザークはじめとした漁師たちに礼を言って、私たちは市場の外に出た。
「あれ、どういう意味だと思う?」
遥が私に訊いてきた。
ハッシュの漁師の話を始まりは当時の春子とエイタ君の様子が目に浮かんで楽しく聞いていたけれど、最後の話が気になった。遥も同様だったのだろうか。
「どの部分?」
「何かに縛られているようだったって話。勇者として特訓をしなければならない契約を交わしたとか、そういうことかな?」
「うーん、そんなことだとは思うけど、それだけではない気がしなくもない」
「どういうこと?」
「うーん、想像でしかないけれど、勇者の立場を退けない何かしらの理由があるというか、私が気になったのは『この世界で生きていくにはやるしかなくて』っていう部分で、日本には帰れないという意味が含まれているような気がするんだよね」
遥は少し考えてから「確かに…」と呟いた。
「日本に帰れるんだったら、疾うに帰ってきてるはずだよね。…ってことは、私たちも帰れない可能性があるってこと?」
「それは分からないよ。春子たちと私たちではこの世界に来たルートが違うし、オズの魔法使いのドロシーとトトのようにやってきたなら、ドロシーとトトのように帰れる可能性はある。私はそう信じたい」
そこで私たちの話を背中で聞いていたらしいマルセルが話に加わってきた。
「まずはベンチャ王国に入ろう。イザークさん達は勇者や人魚がこの世界に来て間もない頃の話をしてるだけで、その後は状況が変わっている可能性もある」
そこにフォローするようにヤニックが加わった。
「そうですよ。イザークさんが言ってたベンチャ王国側の港町ハイリスでは、また違う話があるかもしれないですし」
ヤニックが言っているベンチャ王国の港町ハイリスは、
「ベンチャ側の港町ハイリスでも話聞いたらええと思うよ。あん時はハイリスを拠点にしてる言うてた」
と、私たちが市場を出る前にイザークが話してくれた場所だった。
「ハイリスは近いの?」
遥がマルセルに訊く。
「近いっていうか、国境門の先の橋を渡った先がハイリスだ。ベンチャ王国側のハッシュ的な場所だな」
「え、じゃあ、すぐに行けるじゃん!」
「うん、行ける。だから行こうと言っている」
私たちは少しだけハッシュの街を観光した後、国境門に向かった。
国境門は厳しいチェックがあるのかと思いきや、国内の身分証を持つ者が出て行く分にはチェックが厳しくなかった。身分証をチェックされ、名前を書類に記載して完了。
「首都シャルタルの北側エリアに入った時くらいのチェックで終わったけど、これで終わりなの?」
私はマルセルに確認した。
「どちらかというと厳しいのはベンチャ王国に入る時だ」
マルセルが指した先に行列ができている。行列は橋のかなり先の方まで続いている。
しかし、私は行列よりも目の前に広がる川の方に目を奪われた。日本でよく通っていた川は一級河川で川幅500mくらいはあったと思う。その川を川幅の広い川と思って過ごしていた。しかしそれは間違いだった。国境門を出ると、想像をはるかに上回る大河が存在していた。
その大河に驚いていたのは私だけではなかった。
「これが川ですか?」
ヤニックは川を目の前に呆然としながら呟いた。
「マルセル、すぐ行けるって言ったよね。橋はすぐ渡れるってこと?対岸にすぐ行ける気がしないんですけど」
遥がマルセルに文句を言う。
「これは国境になるわ」
私は思わず呟いた。
対岸がギリギリ見える。それくらい横幅のある大河だった。
マルセルがロッジ川の説明をしてくれた。
「川幅が広すぎるだろ。昔はここを船で渡ってたんだって。でも船でも安全に渡り切るのは難しくて、その後橋を架けたんだけど、技術力が低くて以前はよく橋が崩落したらしい。橋を渡るのも命がけだったそうだ」
「今は崩落しないの?」
「今は技術力が上がって強固な橋を架けられるようになった上、サンバチスト様が崩壊しないように付与魔術を組み込んだからよっぽどのことが無い限り崩壊はしないはずだ」
「サンバチスト様が消えても、組み込まれた付与魔術は有効なの?結界は消えたのに大丈夫なの?」
マルセルは一瞬考えたが、
「たぶん、大丈夫だと思う。付与魔術は組み込んだ人が亡くなっても有効だったりするからな」
と、少し自信なさげに回答してきた。
ちょっと不安だ。
私たちは目の前に架かる大きな橋を渡り始めた。すれ違う人、前を行く人は冒険者や行商人が多いように見える。
川を渡り始める時に時計を見なかったから確認できないけれど、肌感1時間くらい歩いたように思うけれど、まだ半分に到達していない気がする。
足はかなりパンパンになってきている。
「ねえねえ、これ船で渡ってた時代の方が正解だったんじゃないの?技術力が上がった船なら安全なのでは?」
遥がもう疲れたと言わんばかりの口調で言ってくる。
「今となっては船の場合、川を真っすぐ横切るのが大変なんだよ。ハッシュかハイリス、どちらかの場所を下流か上流に移転しなければならなくなる。ほら、あそこ」
と言って、マルセルは前方に見える長いポールを指した。
「あれは橋のちょうど真ん中の印だ」
遥は両手を両足のももに置いて「はあ」と大きな息をついてから、
「あと半分ってことね。あと半分、気合入れて頑張るしかないか」
再び歩き出そうとしたとき、ヤニックが申し訳なさそうに「あの」と手を挙げた。
私と遥とマルセルは一斉にヤニックを見た。
「どうした?」
とマルセルが訊くと、ヤニックは気まずそうな表情をして私を見た。
「あの、回復魔法使えばいいんじゃないですか?」
私と遥とマルセルは同時に「あ…」と声を漏らした。




