75.港町ハッシュへ
翌朝、マルセルの運転でシャルタル王国最東の港町ハッシュへ向かうことになった。
出発早々は喋ることもなく恐る恐る運転していたマルセルだったけれど、徐々に慣れてくると口を開き始めた。
「助手席に乗っている時よりも運転席の方がスピード感がある」
「それはまだ緊張しているからだと思うよ」
「そのうち緊張しなくなるものなのか?」
「いや、運転席で緊張感がなくなることはないと思う」
首都シャルタルを出て1時間が経過したくらいだろうか。人通りが徐々に増えてきた。すれ違うたびにギョッとした顔で見られるのは相変わらずだ。
後部座席から遥が身を乗り出して、前方を指した。
「あれ、ハッシュ?」
薄っすらと城塞のような石壁が見えてきた。
「そうだ。そろそろ降りておくか」
マルセルは車を止めた。
歩き始めて10分くらいでハッシュの門が見えてきた。同時にもう一つの門も見えてきた。
「あの門は何?あの丘…じゃないか、堤防だ。堤防の上の。向こうに川がある?」
遥が指さしてマルセルに訊く。
「あれは国境門だ。あの堤防の先に国境のロッジ川があって、門の向こうにベンチャ王国側への橋がかかってる」
私たちはハッシュの門をくぐって、ハッシュの街に入った。
首都シャルタルほどではないけれど、栄えた街という印象だ。大通りには様々なお店が並んでいて、温泉地ルシュダールのような店員による積極的な呼び込みもある。少しばかり違うのは、発音が首都シャルタルと違うところ。首都シャルタルが東京弁だとしたら、ハッシュで話されている言葉は大阪弁、という印象だ。
「この世界にも方言あるの?」
私が聞くと、マルセルは「方言?」と聞き返してきた。
「言葉の発音の違い」
「ああ、それはある」
「ヤニックはあんな地方にいたのに全然訛ってないじゃない。首都シャルタルで喋られてた発音と全然違ってない。でも、ここの発音は全然違う」
「ハッシュはベンチャ王国の発音に近い。人の往来があるから影響を受けてるんだと思う。逆にヴァッヂ王国側にある地域はヴァッヂ王国の発音の影響を受けてる」
「ヴァッヂ王国側のギルドの人たちの発音は気にならなかったよ」
「ギルドというか冒険者は発音をその土地に合わせるからな」
「そうなんだ」
私たちはマルセルの先導で真っすぐ目的の場所に向かった。
そこは首都シャルタルにはなかった市場のような場所だった。肉屋、八百屋、チーズ屋、フルーツ屋、魚介屋、乾物屋、花屋などが並び、簡易的な食事処もちらほらある。人が溢れ、ワイワイガヤガヤと活気があふれている。お店の声の枯れたオッチャン、オバチャン、お兄さん、お姉さんが「安いよ、安いよ」「1kgで銀貨3枚!」などと呼び込んでいる。
マルセルは人をかき分けながら奥へ奥へと進んでいく。私たちはマルセルを見失わないように必死についていく。
着いた先は酔っ払いたちのたまり場のような場所だった。匂いだけで酔っ払ってしまいそうになるくらい酒の匂いが充満している。頭にねじり鉢巻きを巻いたいかにも漁師風の様々な年齢の男たちが大きなグラスになみなみと注がれた酒を飲み交わしている。一升瓶をラッパ飲みしている者もいる。昼間からベリンズ村の夜の食堂のような状態になっている。
「今日は大漁だったのかな」
マルセルはたまり場の様子を眺めながら、誰かを探している。
「やっぱり居た」
マルセルは目的の人物を見つけたらしい。真っすぐその人物のもとに向かう。
「イザークさん」
マルセルはその人物に声をかけた。
私たちが最初に会うと決めていた人物だ。もっと探すのかと思いきや、あっけなく見つかった。
イザークはマルセルに気づいて、
「おう!おや?今日はウィザード・ロランスと一緒やないの?」
「今、ロランス様からの指示で別の任務をしており」
「追い出されたわけやないやね」
「違います、違います。こちら、ロランス様のお客人で、彼女たちが勇者と人魚を探していまして、私は今、彼女たちの護衛および案内人を務めております」
イザークは勇者の言葉を聞いた瞬間に、ニカーッと嬉しそうに笑った。
「ほお!で、ワイに勇者の話を聞きに来たっちゅうことか」
マルセルが答えるより先に遥が、
「そうなんです!イザークさんが勇者に助けられたという話をしていた、という話を聞きまして」
と答えた。
イザークは首を傾げて「助けられた…?」と困った顔をした。
「違うんですか?」
「助けられたっちゅうか、巻き込まれたんよ」
「巻き込まれた?」




