70.自動車教室
「大ネズミを売るのは肉屋じゃなくて冒険者ギルドなんだ」
冒険者ギルドに向かいがてら遥が驚いてマルセルに訊いた。
「加工処理をした肉なら肉屋に売れるが、丸ごとの場合は冒険者ギルドだ。そこで解体したものを肉屋が買い付けて店で売る」
遥は「へえ~」と相槌を打つ。
冒険者ギルドに到着すると、マルセルは通常の入口ではなく隣にある木の柵で囲われたエリアに付いている扉を開けた。開けた瞬間、ここが大ネズミの買取エリアなのだと理解できた。それほど巨大な空き地と解体エリアのような場所が広がっていた。
そこにいるガタイの良い男性たちがこちらに気づいた。
「おう、マルセル久しぶりだな。ウィザード・ロランスから修行しても無駄だと客人護衛任務を指令されたんだって?」
マルセルがウィザード・ロランスの元を離れてお客人である私たちに同行したことは既に知れ渡っているようだが、余計な憶測情報が加わっている気がする。
「修行しても無駄だからではない、俺が元冒険者で彼女たちの補佐として役立つからと指令されたんだ」
マルセルは丁寧に反論した上で男性たちに言った。
「大ネズミの買取を頼む」
「大ネズミ?どこにあるんだ?」
マルセルが私たちを見たので、私と遥はそれぞれの空間収納に入れた大ネズミを全て出した。そこには大ネズミの山のようなものができ、正直ちょっと気分の良いものではなかった。洞窟の中では暗かったからハッキリ見えていなかったけれど、今は太陽の明かりの下なのでハッキリと見えている。
「こりゃすげーな」
大ネズミの山を見た男たちが言う。
男たちは手分けして大ネズミの状態を確認していく。
「魔石は取ってあるのと、残ってるのがある。夕方にまた来る」
マルセルが告げる。
「分かった。じゃあ、それまでに処理しておくわ。じゃあ、これ引き渡し札」
男たちはマルセルに木製の札を渡す。札には金属製のエンブレムのようなものが付いている。後ほどその札と買取金額を交換するらしい。
その後、私たちは首都シャルタルの外に出て、車で人通りの少ない道に移動した。
「では、始めますか」
土屋夏子自動車教室が始まった。
私はマルセルとヤニックに基本的な車の説明する。
「席の前にある丸いこれがハンドル。これで方向転換をします」
マルセルが頷いて「船と同じだな」と言う。
この世界の船は既に舵輪が付いているようだ。しかし、それと同じだと思うと危険だ。
「車のハンドルは船ほど回さない。船の場合少し角度を変えるだけでクルクル回すでしょう?でも車の場合はほんの少し曲げるだけで方向が変わる。右折するとか左折するときは一回転、ゆるっとしたカーブの場合は道に合わせてハンドルを傾けるイメージ」
ヤニックは「なるほど」と頷いている。
「足元の右側にあるペダルが車を走らせるアクセル、真ん中にあるペダルが車を止めるブレーキ。口で説明するよりも実際に動かしてもらう方が分かりやすいので…どっちからやる?」
と私はマルセルとヤニックを見る。
マルセルとヤニックは顔を見合わせる。
二人のタイプ的にマルセルが先かなと思ったけれど、
「ヤニックが言い出したのだから、まずはヤニックが体験するべきだ」
とマルセルが譲った。
ヤニックは少々遠慮気味に、でも「では」と乗り気で運転席に座った。
そして助手席に私、マルセルは助手席の後ろから覗き込む形になった。
遥は運転席の後ろから覗いている。遥も「運転したい」と言い張ったけれど、「遥は日本の法律に従うの」と断ったため状況が最も見えにくい場所に座らせたけれど、意地でも学ぶつもりのようだ。
「まずはブレーキペダルを踏んで、このエンジンスイッチを押す」
ヤニックは私の指示に従い、エンジンスイッチ、電動パーキングブレーキスイッチをかける。そのたびに「おお」という返事をする。
「では車を動かします。まずはブレーキをしっかり踏んだ状態で、Dのボタンを押します。そして、パーキングブレーキを押して解除します。ハンドルをしっかり握って、ブレーキペダルをゆっくり緩めていって、いいね、そしてアクセルペダルをゆっくり踏む」
ヤニックは私の指示に素直に従う。そしてゆっくり動き出した車に「おおお」という感嘆を含めた声を上げる。
「動きました!」
「そう、アクセルを少しずつ強く踏んでみて。そうそう、するとスピードが上がる。ハンドルを少し傾けると、そう、車が傾く。あそこに曲がり角があるのでその手前で止まる様にブレーキを踏もう。はい、ここら辺からブレーキをゆっくり踏み込んで、そうそう、そしてブレーキをちゃんと踏む。よくできました。右に曲がるときは、このウィンカーを下におろす。カチカチいってるでしょ?これが前に見せた右に曲がる合図。そして、ブレーキをゆっくりゆるめ、ゆっくりアクセルを踏みながらハンドルを右に一回転させる。そうそうそう、ほら曲がった。そして、ハンドルを真っすぐに、自動的になるんだけど、真っすぐにすれば真っすぐ走っていく」
「おおおおおお」
こんな感じで私は教えていく。帰り道はマルセルと交代する。
マルセルは逆ルートなので最初の曲がり角が左折になる。
「ウィンカーは上に動かせば、左に曲がる合図。そうそう、で、ハンドルを左に一回転、そうそうそう」
バックを教えた際にはバックモニターに映し出される周辺の様子に二人はとんでもなく驚いていた。
冒険者ギルドに戻るまでにまだまだ時間があるため、私たちはヤニックとマルセルの運転で少しだけドライブをすることにした。自動車教習所に入って1週間くらいの素人に毛が生えた程度の運転から始まった二人だったけれど、揃って勘が良いようで順調に上達してっているのが分かった。人が歩いている場合はスピードを落としてゆっくり抜かしていくという技も、カーブでのハンドルのきり方も慣れた手つきになっている。時速40kmくらいをMAXだと言い張ったので二人は従っているけれど、もっとスピード出しても大丈夫かもしれない。




