58.サラエド研究所
私たちを魔法陣を抜け、いかにも研究所というような大きな建物の前に出た。一人で作業している宮廷薬術師のハマルの小屋とは違い、この中で百人くらいは働いてそうなくらいの大きさだ。
「寒っ」と遥が呟く。
私はそれに頷いた。おそらく標高は高い場所なのだろう。若干肌寒さをがある。建物の背後には山の岩肌が見える。
私たちは正面の両開きの扉の横にある鐘を鳴らした。
中から白衣の男性が顔を出した。男性は一瞬ギョッとした顔をした後、私たちを上から下まで眺め、
「冒険者ギルドの依頼?」
と訊いてきた。
「はい、ご依頼の物をお持ちしました」
とマルセルが答えると、訝しげに確認するように「荷物は?」と訊いてくる。
マルセルは「ああ」と男性の訝し気な顔に合点がいったようで、
「空間収納の中に全て納めてまして」
と答えた。
男性はまだ疑っているようであるが、「どうぞ」と私たちを中に通してくれた。
入口の扉を入ると広めのホールのようになっていて、右と左と奥の壁にそれぞれ扉がついている。
白衣の男性は、
「書類を持ってくるので、依頼の物をそこの台に乗せておいてください」
と言って、右側の扉に入っていた。
私と遥はそれぞれの空間収納にしまった依頼物を次から次に出して台の上に置いていき、マルセルとヤニックが種類別に並び直してくれた。台の上が山のようになっている。
しばらくして白衣の男性が、他に職員と思われる男女を10人くらい引き連れて戻ってきた。この山のような量を考えると10人でも人手が足りない気がする。
白衣の男性は驚いて言った。
「本当に空間収納で運んでくださったんですね。では、確認させていただきます」
確認は分担制のようで、食料の種類と個数、調味料の種類と個数、薬の種類と個数を数え上げていく人と、その情報が書類の指定数と合っているかチェック表のようなものにチェックしていく人に分かれている。
「これ、鮮度がいい…」という呟きが聞こえた。間違いなく空間収納のおかげだ。
一通りチェックが終わり、依頼物は問題なく揃っていたようで、
「確認ができました。こちらをギルドにお渡しください」
と白衣の男性がチェック表の1枚をマルセルに渡した。右下にはサラエド研究所の印字と男性のサインと思われるものが書かれている。
「あと、こちらが今回のお預けする書類になります。そちらのチェック表と共に冒険者ギルドにお預けください」
とA4くらいの大きさの封筒を渡してきた。封の部分にはいわゆる封蝋印が押されている。
マルセルは「お預かりします」と受け取って、
「つかぬことをお伺いしますが、この研究所管轄の洞窟はどの範囲になりますか?」
「え?」
「冒険者ギルドから、研究所管轄以外の洞窟であれば魔鉱石の採取は可能と伺っているのですが、魔法陣でここまで来てしまったため、どの範囲が研究所の管轄なのか分からずで」
「ああ、それであれば見分けは簡単ですよ。うちの管轄の洞窟の入り口はフェンスで閉じてありますので、フェンスが無ければご自由にお入りいただいて問題ありません」
白衣の男性の答えに、私たちは「おお!」と感嘆の声を上げた。しかし、白衣の男性は続けた。
「ただ、この近辺はほとんどフェンスで閉じてありますので、魔法陣で戻っていただいてそこから探してもらった方がもしかしたら早いかもしれないです」
遥が「あの」と白衣の男性に話しかける。
「つかぬことをお伺いしますが、先ほどの食糧は何日分になるんですか?」
本当につかぬことをお伺いした。
白衣の男性は特に気にする様子もなくと答えた。
「2週間分くらいですね」
つまり2週間に1回のペースでこの依頼を冒険者ギルドに発注しているということか。だったら、長距離が無理なら短距離の魔法陣を首都シャルタルまでいくつか繋げてしまえばいいのに…と思ったけれど口に出さなかった。
私たちは渡された書類を空間収納にしまい、研究所を後にした。
その後、とりあえず研究所の近辺を散策することにした。白衣の男性の言う通り、肉眼だけではなく遥の遠視を使って見える範囲でも近辺の洞窟には全てフェンスが取り付けられていることが分かった。
「全然、洞窟なさそうなんだけどー」
遥が話が違うという風なニュアンスで言った。
「俺に言うなよ、俺だって初めての仕事なんだから。ギルマスだって散々言ってたぞ『かもしれない』と。俺はちゃんとその時に確認したぞ」
「確かに言ってた」
とヤニックがマルセル側についた。
遥は不服そうに言う。
「でも!でも!でも!こんなに無いなんて想像してなかったよ。だってギルマスは一部の洞窟が研究所管轄だって言ってたよ。今のところは洞窟の全部が研究所管轄だよ。話が違うよ」
会話が不毛そうなので、私は後方を指して言った。
「魔法陣に戻る?」
遥、マルセル、ヤニックは一斉に私を見た。
「歩いて行けるような範囲はたぶん全部研究所の管轄だと思うよ」
3人は顔を見合わせて、うんと頷いた。




