51.温泉プール
「温泉じゃなくて、室内プールじゃん!」
遥が唖然としている。
その隣でヤニックも啞然としている。
マルセルは浴槽エリアの手前にある桶が並ぶエリアを指す。
「そこが洗い場だ。まずはあそこで全身の汚れを落としてから浴槽に入る」
桶エリアは長い筒のようなものからシャワーのような温水が常に上から流れている状態になっている。人はその下で備え付けの石鹸のようなものを使って体を洗ったり頭を洗ったりしている。
マルセルとアルノルドは見本のように桶エリアで頭や体を洗い始める。
ヤニックは彼らの真似をして桶エリアで頭や体の洗浄を開始する。
私たちも桶エリアに向かった。遥は備え付けの石鹸に興味を持って、それを使って腕を洗い始めた。
「意外といいよ、この石鹸。泡立ちもいいし、香りも好きな感じ」
遥に釣られて私も石鹸を使って体を洗ってみる。確かに泡がきめ細やかで肌馴染みがいい。
隣では遥が石鹸で頭を洗い始めた。しかし、それは上手くいかなかったようで、
「夏ちゃん、やっぱシャンプー貸して」
と言ってきた。
私は空間収納からシャンプーとリンスを取り出して、遥に渡す。石鹸とは比べ物にならないくらい泡立つ遥の頭を見て、私もシャンプーとリンスで髪の洗浄をした。
一通りさっぱりした後、私と遥は頭にタオルをターバン巻きにした。その姿は異様だったようで周囲の人から変な目で見られた気がした。
「この真ん中の大きな浴槽が王の保養所時代のもので、それ以外は観光用に追加で作られたものなんですよ」
アルノルドが説明してくれる。浴槽には一人でゆったり使っている人や、おしゃべりをしている人、寝ている人、浴槽を渡り歩いている人、様々な人がいる。
「外の大きいのに入ってみたい」
遥の一言で、私たちは外の50mプールのような巨大な浴槽に向かった。ここの人たちは浸かるというより泳いでいる人が多い。浴槽の外に並ぶプールサイドチェアには爆睡している人もいる。
私は久しぶりに泳いだ。かれこれ20年以上は泳いでいなかったけれど、泳げるものだった。平泳ぎで端から端まで泳ぎ切れた。
後ろの方ではヤニックが遥から指導を仰いでいる。ヤニックは初めての泳ぎだったようで、上手く浮くことすらできないようだ。
「泳ぎ上手いですね~」
アルノルドが褒めてくれる。隣にいるということは、私と同じペースで泳ぎ切ったということだ。
「でも、妹には到底及ばなくて。妹はめっちゃ泳ぎが得意で、私の世界でもトップクラスだったんです」
「妹さんいらっしゃるんですね」
「遥は妹の娘なんです」
「親子だと思ってましたが、違ったんですね」
「7年前に海での事故で行方不明になってしまって、それ以来、あの子を引き取って育てて」
アルノルドは悲しそうな顔をして、同情するように言った。
「そうだったんですか」
「でも、妹がこの世界で生きていたって知って」
アルノルドが真顔になった。
「え?『この世界で生きていた』?」
そこに泳いできたマルセルが合流した。
「そういえば、まだ言ってなかったな。7年前に召喚されたという勇者の話は知ってるだろう?」
アルノルドの顔が険しくなった。
「勇者エイタ・サトウのことですか?」
私は「そうです!」と反応した。
「その勇者と一緒にいるという人魚が夏子の妹だ。夏子と遥は、人魚と再会することを目的としてる。俺はロランス様からの指令で、彼女たちのサポート役をやることになったんだ」
「薄々は思っていましたが、お二人は異世界人ということですか。あの車も異世界のもの?」
「はい、そうです。あの車ごと異世界からやってきました。本当は一日でも早く妹の元に行きたいですが、どこにいるかも分からないですし、この世界のお金もないので、マルセルからの提案で冒険者登録をしてお金を稼ぎながら移動しながら情報を集めていくことになったんです」
アルノルドは両手を握るようにパンッと合わせ、
「なるほど、冒険者証があれば移動は楽ですし、お金も稼げるし、手段としては良いですね」
マルセルは「だろう」と鼻高々になっている。
「しかし、所詮マルセルは冒険者止まりの男ですよ」
アルノルドが続けた言葉に、マルセルはムッとした顔をする。
「どういうことだよ」
「もちろん定住しないでお金を稼ぐなら冒険者が一番でしょう。冒険者やりながら情報集めをするというのも手段としては正しいと思います」
「そうだろうよ」
「でも、もっと手っ取り早く情報を集める方法もありますよ」
アルノルドの言葉に、私は前のめり気味で「それは?」と訊く。
「冒険者ギルドに依頼を出すんですよ。『勇者と人魚の情報求む』って」
完全なる盲点だった。
「ただの噂話程度ならば1つにつき銅貨5枚程度で、実際の目撃談であれば銅貨50枚、現在の居場所の情報であれば銀貨10枚とか。それなりに情報集まると思いますよ」




